エイユウの話 ~春~
ラジィはしばらくキースを見つめてから、すっと立ち上がった。腰に手を当てて、上体だけ下げて彼に顔を近づける。斜め下に視線を向けているキースは、より気まずさを感じて、伸ばしていた足を縮める。
「成績上はかなり優位なんだから、いくらでもやり返してやればいいじゃない」
「嫌だよ!そんなことしたら苛めがエスカレートするじゃないか!」
やっと張り上げるほどの声を出したと思いきや、今まで以上の弱音であった。顔だって上げやしない。むしろさっきより下がり、今や体育座りのひざの間に埋もれてしまっている。そんな彼を見て、ラジィは優しくするだけ無駄だと判断する。彼女だってそんなに気が長いほうではないのだ。しかもわかってしまったのである。なにを言っても、彼が今ここで自信を持つことはありえない、と。
彼女は背筋をまっすぐに戻すと、鼻を鳴らした。キースがちらりとこちらを確認したのに気付かず、音量を考えずに喝を入れる。
「だったらせめて流(りゅう)の導師様の授業くらい出なさいよね!」
「一番嫌だ!それこそラジィの都合じゃないか!」
ラジィの都合とは、簡単に言うなら流の導師の信頼を失いたくないという都合のことだ。
流の導師は、歴代の導師の中でも最高峰の美貌を持つという導師である。そのため、彼にはファンクラブというものが存在した。そしてラジィはそのオリジナルメンバーであり、流の導師に嫌われたくないという思いは一層強いのだ。ちなみに導師というのは、魔術師の最高峰のことを言うが、簡単に言うと教授のことである。
的を射た彼の発言に、ラジィは自棄(やけ)になる。今の状態と言った相手から考えれば、それも当然だろう。とうとう彼女は実力行使に入った。彼の腕をつかんで、グイとひっぱる。しかしいくら気弱といっても、キースは男の子で、ラジィは女の子だった。抵抗したキースが腕を引いた途端、ラジィは見事に彼の上に倒れこんだ。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷