エイユウの話 ~春~
ギャーギャーと叫ぶ二人に、心の導師の娘が気付いた。これだけうるさいのに、気付かない人間はいないだろう。「ごめんなさい」の意味でキースが苦笑いの会釈をすると、彼女は三人のほうに向かって歩き始めた。残りの二人は全く気付いておらず、気付いたキースだけが少し慌てる。
喧嘩中の二人を、彼女が来る前になだめようと試みるが、いい方向には全く動かず、結果彼女が近くに来て足を止めても、喧嘩が止む気配が無かった。喧嘩をしている二人越しに、彼女がキースに助けを求めているのが解る。だが、どうしようも出来ない彼は、乾いた笑いを彼女に向けた。すると彼女は大きく息を吸ってから、震えた声で、しかし大きな音量で喧嘩中の二人に割って入る。
「すみません!」
「うるせぇ!」「ちょっと黙ってて!」
彼女の勇気は一瞬で吹き飛ばされる。案の定二人から威圧的な注意を食らった導師の娘は、泣きそうになった。声量を抑えて別の意味で「すみません」と小さくこぼす。そこで初めて二人は自分たちが怒鳴った相手が、キースではないと気付き謝った。いや、キースだとしても謝らなければならないのだが。
謝られた彼女は、忙しく挨拶をする。
「あの、『心の欠陥』、アウレリア・ラウジストンと言います。えっと・・・、魔禍の喚使さんと、緑の魔女さん、明の達人さんですよね?」
通常、称号には敬称をつけないものなので、下手に付けられると返事が遅くなる。おどおどとする彼女を三人はぽかんと見てから、慌ててその言葉を肯定した。ちなみに、言わなかったキサカの分はラジィが肯定しておく。
大半の生徒が姿を消し、廊下はしんと静まり返った。足音もしなく、真っ白な廊下がそれを際立たせている。石造りのため、キサカがあくびする際に出した声が、長々と響いた。
面識のない彼女に呼び止められる心当たりは無く、強いて言えば心の準導師の授業を数日サボタージュしたというくらいだ。直接導師に呼ばれるという大事の事態を避けるべく、生徒を通して連絡されることはよくある話である。しかも面識もない導師の娘とくれば、その線は濃かった。
「あなた方に、忠告があります」
忠告という単語から、「ああ、やっぱり授業関係か」とため息をつく。そのため息はやっぱり長い廊下を流れていた。ラジィだけは「何であたしまで」と、キースとキサカをにらみつける。キサカにいたってはとばっちりだが。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷