エイユウの話 ~春~
キースがラジィに追いつくのに、大して時間はかからなかった。なぜならば、彼女が自分のクラスにつく手前で足を止めていたからだ。安心した彼は逃げ出した彼女を責めるでもなく、まだ残っていた罪悪感から少し距離を置いたところで足を止めた。彼女が再び逃げ出すことは考えていない。
「どうしたの?ラジィ」
後ろから声をかけると、逃げた手前顔を合わせ辛い彼女は、そのまま返答した。
「あの子、心の導師様の娘さんだよね?」
ラジィや自分を苛めてくる相手しか認識に無かったキースに対し、ラジィはクラスメート以外にも生徒間の常識的な人間像の知識があったという事に、キースは驚いてしまった。しかしそれは当然であり、ラジィだってほかに友達くらいいる。
そんなことを考えていて返事に詰まる間に、キサカが追いついて彼女と同じ方向を見る。ぞろぞろと教室から出てくる青色の中に、一人だけ紫の制服が目立っていた。橙色の髪色というのも珍しくて、異質さを際立たせている。キサカはキースに代わって返答となる言葉を発した。
「あ、あの子心の導師の娘だろ?なんで緑のクラスにいるんだ?」
今から投げかけようとしていた疑問をぶつけられて、彼女は言葉を詰まらせた。同じことをくり返すことが、無駄なことだと解っている。しかし、先に言われたのが面白くなく、彼女はこぶしを強く握った。勢いよく振り返ると、導師の娘の話題を置いて、キサカの目の前に人差し指を突き出す。
「それよりあんたは何でこんなところにいるのよ!」
どちらかが怒鳴り始めれば、必ず喧嘩になるというのが二人の定石らしい。キサカも応じて怒鳴りだした。
「俺は繰り返すのが嫌いなんだよ!」
たくましい体型で背も高く、声も低めなのでキースなどは聞くだけでびくっとしてしまうのだが、気の強いラジィはそんなことでは怯まない。
「まだ一回目じゃない!」
「同じ質問をしたキースに返してんだよ!」
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷