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エイユウの話 ~春~

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 そしてやっと出てきた「俊足の繋手」に、キースは少し驚く。
 珍獣ジャックのことだったのか、と。
 珍獣というのは、決して悪口でも物珍しさからでもなかった。犬のように快活で正直な性格で、猫のように柔軟な体で、鳥のように軽やかな運動神経を持っており、そして鼠のように世話しないところからきている。全てを兼ね備えたような少年なので、珍獣と言われているのだ。特に興味は無かったのだが、彼があまりにも印象的な赤眼だったので、キースの記憶に留まっていた。
 やっぱり印象的な目をしているなぁなどと思っているうちに、試合開始の笛が鳴り響く。キースは無意識に木鏡(もっきょう)を撫で、中から契約魔を召喚する。
 緑の魔術と言うのは、俗に言う召喚術だ。しかし、召喚術と一概には言えず、その実態は、既存する魔獣を契約魔にするというものである。緑の術師が契約時だけ使用する魔方陣は、現存する場所から魔物を召喚するためのものだ。ちなみに木鏡と言う道具は、緑の術師が使う魔力を最小限に抑えるためのもので、魔力に応じて木鏡に入れられる魔物の数も決まる。術師レベルでは、二体くらいが限度になり、一匹を選んで召喚していた。
 キースの契約魔は黒豹のような痩躯をしていた。真っ黒な体に、出てくる動作だけでもわかるしなやかな動き。日に当たってつやつやと光るその毛並みもすばらしかった。その名をクルガルと言い、キースの腰の丈ほどの体高がある。
 クルガルはキースに体を十分に擦りつけて甘えてから、鋭い黄色の瞳でジャックを捕えた。感情の出やすいジャックは、クルガルの眼光に対して少し涙目になっている。
 そんなに強くないのだろうか?
 キースは他の術師同様最高術師の名前しか覚えていないため、ジャックがどのくらい凄い術師なのか知らない。まあ、彼にとってある程度でも「凄い」というレベルが、どれほどのものなのかは別として。
 大抵緑の術師が召喚した瞬間が試合開始の合図となる。飛びかかるクルガルに、ジャックは持ち前の身軽さで避けた。しかし仕返しの隙もなく、彼はステージ上を軽快に動き回る。すばやいクルガルと生身で渡り合えるジャックの運動神経に、キースは感心するばかりだ。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷