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エイユウの話 ~春~

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「地の術者、俊足の繋手(しゅんそく・の・けいしゅ)!」
 聞いた事のない名前だったので、それほど強くない術師だと解る。つまりは格違いの戦いとなってしまったわけだ。それでも地の術師たちからは喜びの歓声が上がった。自分じゃないと歓喜する本心が、隠せていないあたりがなんともいえない。選ばれた人が可哀想な状況だった。
 相手につい同情しながらも、キースは席を立つ。様々な状況から戦いにくい気持ちになった彼を、励ますようにそよ風が金色の髪を揺らした。
「行ってくるね」とキースが笑うと、
「負けんじゃないわよ」とラジィが念を押してくる。負けるはずが無い事など、ラジィだって確信しているが、そう言うのが毎度のやり取りなのだ。また、ラジィが出る時もこれをする。二人にとってはげん担ぎとも言えるだろう。
 ロープによって仕切られている道まで、人ごみを掻き分けて行く。授業なのでキースを足止めするような輩はいないものの、ラジィのように応援してくれるものもいなかった。キースの存在が、そこにあるのかさえわからないほどだ。彼はまるで騒音が聞こえていないかのように、静かに導師の待つ控え室へ向かって行った。
 緑の導師の元へ行くと、そこで身体チェックを受ける。身体チェックといっても相当軽く、忘れ物は無いかとか、何か違反物は持っていないかという程度だ。つい一年前までは、これは相手専攻の先輩の仕事だったという。緑の術師が減ったことから、それができなくなったため、今年から導師がやることになったらしい。そして控え室はこのためだけに存在する空間なのである。
 軽く持ち物チェックをしてから、導師は顔を上げた。
「本当に出ても平気か?」
「いいえ」と言えない状況でのこの質問に、キースは卑怯さを感じた。この間の怪我の話を持ち出しているのだ。導師間で問題を起こさないようにしたいのだと解ってはいても、彼の感情とそれは異なる。それでも彼はさも本心のように嘘をついた。
「平気ですよ」
 キースはさっさとステージに上がっていった。
 結構な間、キースはステージに一人だった。少し早すぎたのかと反省する。誰からも応援を受けない彼が、授業中に野次を受けることもない。ステージに誰もいないときよりも、ずっと張り詰めた空気で会場は静まりかえっていた。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷