エイユウの話 ~春~
「あ」
キースが声をこぼしたので、彼はラジィが現れたのかと顔を上げた。が、キースの視線は、先ほどと違う方向を向いている。その視線を追うと、そこにはラジィではない少女の姿が。思わずキサカは意地悪になった。
「二股か?」
「違うよ。ただ・・・」
そこでキースが言葉を切ったので、キサカは再びその少女に目を向けた。教師の一人が彼女に近づく。服装から心(しん)の準導師だとわかった。その少女も心の術師のようで、準導師は彼女を妙にやさしく扱っている。生徒のために学食を運んでくるなんて、よほどの話だ。
そこで、キサカは気付く。
「ああ、あの子か」
「キサカ、知ってるの?」
他人に関心がないように見えていたので、キースにはとても意外だった。あとから失礼だと気付いたが、幸いキサカはまったく気に留めていないようだ。
「心の導師の娘さ」
導師だってただの教師であり、人間である。子供がいたって何も可笑しい事はない。そして大抵がこの学院に入学し術師となる。ちなみに息子は親と違う魔術を習う事が多く、娘は同じ魔術を習う事が多い傾向がある。
心以外の導師にも子供はいるが、すでに皆が卒業してしまっているので、今この学園内にいる導師の子供と言えば、彼女だけである。そのためか、彼女は学園内でかなりの著名人であった。
導師の子供に大して関心も好奇心も持ち合わせていないキースは、キサカの短い説明では疑問をぬぐえなかった。
「導師の子供ってだけで、そんなに著名になるの?」
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷