エイユウの話 ~春~
「ヤケドする?」
「俺に近づくとヤケドするぜ!」というジャームのコメディアンが使う古来の洒落を、キサカは飄々と返した。キースをジャーム扱いする事への、立派な抗議である。遠まわしな抗議に気付き、キースは小さな声でキサカに謝罪した。しかし、彼の懸念が取れたわけではない。
「でも、変な目で見られるよ?」
「優等生同士が密談とあっちゃ、普通の人間なら気にするところさ。お前のせいじゃない」
「周りに人も近寄りもしないし・・・」
「広々と使えて、なかなか快適じゃねぇの」
キサカは何がしたいのか、爪同士をこすり合わせて、ふっとその爪に息を吹きかける。目はもうとっくにキースを見ていない。
「・・・何を言ってもいなくなりそうにないね」とキースが諦めの声を漏らすと、
「たとえ嫌いだと言われても、今はこの席で食べたい気分なんでね」と、ニヤリと笑った。そんな彼に、キースは笑顔で溜め息をつく。きっと彼が思っているほど、内面からこぼれ出る喜楽が抑えられていないだろう。
初めて迫害を受けた時からずっと、自分のせいで周りの人が巻き込まれるのが嫌で、どんなに寂しくてもキースは単独行動を心掛けていた。
しかし、この学院に入ってから、彼の価値観は変わりつつある。迫害がなくなったわけではないが、ラジィやキサカのような、金髪を長所と言ってくれるような人もいるのだと知った。たったそれだけのことが、彼にとってはどんなに救いだったか。
「ねぇ、キサカ」
「あ?」
こちらを見ていなくとも、彼が耳を傾けてくれていることが解った。会ったばかりなのに、不思議なものだ。妙な安心感と共に、キースは目を細めた。
「人間は、みんなが優しいわけじゃないけど、みんなが酷いわけでも無いんだね」
キサカは思わず箸を止める。しばしの沈黙を挟んだ後に、彼は少し恥ずかしそうに答えた。
「・・・ったりめぇだろ」
キースの言った台詞はあまりにも青臭く、綺麗事に近い。しかし彼の世界はまさに革命の時で、そんな綺麗事すらも鮮やかな希望となるのなら、肯定するバカさがあってもいいと感じたのも、確かなことだった。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷