エイユウの話 ~春~
「・・・しょうがないじゃない。好きなんだもん」
「あんなやつが?」
そういってキサカはラジィを睨んだ。その顔はまるで獅子のようだった。恐怖でラジィは萎縮してしまう。
キサカは自分の子供っぽさを理解していた。恋愛などしたこともなければ、したいとも思わない。今のラジィの複雑な気持ちなんて、察することもできやしない。だが、ラジィの恋愛感情には、確かな違和感を抱いていた。ラジィを苦しめている感情のどれもが、彼にとっては一重にくだらないものだったのだ。
そしてまた、それを制御できるほど大人でもなかった。嫌悪する人間を前に、キサカの気持ちが爆発する。
「冷酷で、横暴で、他人を平気で殴れる男の、一体どこがいいんだよ!」
「あの人のことを悪く言わないで!」
流の導師の欠点を連ねるキサカに、ラジィは涙目で反論した。しかしキサカの鋭い目に睨まれると、ラジィもそれ以上の反論が出ない。沈黙の中、二人はしばらくにらみ合った。
「誰ですか?保健室で騒いでいるのは」
叱咤とともにカーテンが開かれる。姿を現したのは、戻ってきた保険医だった。彼女は三人の様子を見て、理由は知らずとも意識のある二人を外に出す。そこでもう一度注意した。
「病人の周りでは静かにしなさいよ、二人とも」
「すんません」「ごめんなさい」
外に出された二人が素直に謝ると、彼女はカーテンを閉めてから、キースの話に話題を変えた。
「で?彼はどうしたの?」
その問いに、ラジィが体を硬くした。先ほどの流の導師に対する嫌悪から見ると、きっとキサカは包み隠さずに全てを告げてしまうだろう。そうなったら、流の導師は導師号を失ってしまうのは決定的となる。そしてそれは、ラジィと導師の永久の別れを意味していた。彼女を絶望させるには充分だ。
しかし、彼の発言はその推測とは違った。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷