エイユウの話 ~春~
2
保健室に着いたキサカは、途中で気を失ったキースをベッドに座らせた。そのまま足を持ち上げて横たわらせる。ラジィはその作業を手伝うこともなく、ベッドを囲む薄青色のカーテンを閉めた。淡かった床の桃色が、少し濃くなる。
保健室には五つのベッドがあり、それぞれにカーテンがついていた。そしてそのカーテンの内側に、パイプ椅子が三脚ずつ置かれている。お見舞いの人のためのものだ。
何百人もの術師がいるのに対し、この学園には保険医は一人しかいない。そのくせ、一日おきくらいに練習試合があり、通常授業でも保険医がいなければならないことも多い。ゆえに保険医はいないときのほうが多いとも言える。かなり多忙なのだ。
今回も例外ではなく、保健室に保険医の姿はなかった。
しょうがなく、キサカはベッドの横にパイプ椅子を二脚組み立て、その一つに腰かける。ラジィもおずおずと近寄ってきて、キサカの隣の席に腰を下ろした。二人とも保険医が帰ってくるのを待つ姿勢だ。
特に会話をすることもなく、そろって気を失っているキースを眺める。体を動かさず、キサカはラジィを視界に入れた。泣きそうな顔の彼女は、申し訳なさそうにキースを見つめている。それでも「ごめん」という謝罪も、「ありがとう」という感謝も、彼女の口から出てこなかった。気持ちに板ばさみされる彼女を見て、キサカの眉間にしわがよる。
「・・・こんなんになるやつがいるのに、あいつがいいのかよ」
キサカの素朴な疑問に、ラジィは驚いてキサカを見た。彼は頬杖をつきながら、横たわるキースを眺めている。その様子から、その言葉が本当に疑問だったのか不安になる。彼は意図していなくとも、なんだか責められている気がしてならなかった。
ラジィは同じようにキースの横顔に視線を戻す。打たれた方の頬がしっかりと見え、ラジィの立場を弱くした。色白な彼の頬が、その痕跡を真っ赤な色に染めて、彼女を責めていたのだ。そのまま視線を下げて、枕に広がる彼の短髪を見つめる。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷