エイユウの話 ~春~
「・・・まったく、今の術師どもは愚者が多いようだな」
「浅学でないことだけは確かですが」
嫌悪感をあらわに非難した流の導師に対し、キサカは学園の制度を盾に口答えをする。導師が学園の制度をあざ笑うことはできない。流の導師は倒れこんだままのキースを一瞥すると、舌打ちをしてから職員室に向かって歩き始めた。彫刻じみた純白の石膏作りの廊下が、彼の足音を響かせる。ラジィはその背を追いかけようと歩を進めた。けれども結局五歩ほど進んだところで足が止まる。
彼女とすれ違うように、キサカは倒れこんだキースの元へ駆け寄った。何とか身を起こしているといった体の彼に、ひざをついて尋ねる。
「大丈夫か?」
「あんまり・・・」
そう強がっては見たものの、実は頭を強打したためか、立つことすらできない状態にあった。エメラルドの瞳がゆらゆらと揺れていて、金のまつげが半分以上を覆っている。あんまりどころか、誰がみてもアウトだろう。
しかしキースはそんな自分よりも、目の前に呆然と立ち尽くすラジィが心配だった。彼女は一度離れたキースのそばに戻ることも出来ず、流の導師を追いかけたい気持ちも抑えたままで、精神的に立ち往生していた。だからこそ、流の導師を追いかけたままの格好で固まってしまったのだ。
小さくため息をついてから、キサカはキースに肩を貸す。声もかけられなかったキースに対し、彼はためらうことなくラジィに声をかけた。
「ほら、さっさと保健室に行くぞ」
何も彼女は返さなかったが、キサカが歩き出すと同時に歩き出す。ついてくる気はあるようだが、先ほどのことがあってか、一定の距離を保ち続けていた。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷