エイユウの話 ~春~
二人が教室の前に着いたとき、ちょうど流の導師が出てきたところだった。室内の見直しが必要なため、導師は帰りが遅くなるものなのだ。
息を切らして走ってきたその音で、流の導師は二人の存在を認識する。しかし彼はあまりに無感情な瞳で、見るというよりも眺めていた。静止状態と端正な顔も合わさって、まるで置物のようだ。真っ白な廊下に彼のその姿は、あまりにも似合いすぎて、畏怖すら覚える。
足を止めたキースは流の導師にガンつけると、手を引いてきたラジィを前に出した。ラジィは涙目で辺りを見回し、助けを求めるようにキースを見てくる。それでも彼は一直線に導師を見据えていた。ラジィは流の導師と視線が合わないよううつむく。
「あの・・・、す・・・」
様々な怖さが、彼女の声帯を固めている。いつもは止めたいくらい出てくるのに、今は思っていることが言葉にならない。思い通りに動かない体を震えわせる彼女に、流の導師は無慈悲な言葉を投げつける。
「お前には失望した。ミイラ取りがミイラになるとはな」
返す言葉もないラジィは、気丈にも必死に涙をこらえていた。もう泣いた後なので、目が真っ赤になっているのだが。栗色の癖毛が小さく上下する。
その姿に我慢できなくなったキースが、二人の間に割って入った。導師を睨みつけると、ばっちり視線が合う。相手も嫌悪のこもった目で、にらんできていた。先ほどまでの彼は本当にどこへいったのか、彼がそれでひるむことは無かった。
「動かなかったのは僕です。彼女を責めるのは違いませんか?」
「餓鬼が。結局はセレナにお前を動かすほどの力量がなかったということだろう」
「導師様のおっしゃっていることは、空想に幻滅するほど愚かな話では?」
出来ないことを勝手に出来ると期待して押し付けた挙句、解決できなかったことを失望したと非難する。そんな導師の行為を逆手に、キースは責めたのだ。しかし、教えを請う立場でそのような詭弁や口答えが通るはずもなく、逆に導師の怒りを煽ってしまった。
導師は何を言うでもなく唐突にキースの頬を、手の甲で叩いた。あまりに勢いよく叩かれたため、キースは壁に打ち付けられる。その際に頭を強打して、彼の視界は一時的にぼやけた。意識が飛んでいくのを必死で保つ彼に、流の導師は表情一つ動かさない。
「授業もまともに受けられないものが、減らず口を」
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷