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エイユウの話 ~春~

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 そんな中、大きな音が中庭に響いた。学鐘の音だ。それを聞いた途端に、ラジィの顔色が一気に青ざめた。凍りつくとは、きっとこのことを言うのだろう。彼女はここに来た本来の目的を思い出したのである。涙目になって、鎖骨を少し過ぎるくらいの髪を忙しなく動かす。動かし続ける両手は、フルフルと震えていた。
「どうしよう・・・」
 キースを授業に引っ張り出すために派遣されたはずなのに、サボりに付き合ってしまったのだ。しかもよりによって、好きな人の期待を裏切ってしまった。それが、ラジィを青ざめさせた原因だった。
 何も知らないキサカは、その異常なラジィの変化に驚きを隠せなかった。先ほどまで自信のあふれた顔で笑っていた面影は、もう彼女の顔には微塵も残っていない。今目の前にいるのは、ただ何かに恐怖し身を震わせる、弱弱しい少女だった。こっそりとキースに尋ねて、初めてその理由を知る。
 しかしその会話をもれ聞いたラジィは、更なる混乱状態に陥ってしまった。頭を抱えたまま、ボロボロと涙が零れ落ちる。
「どうしよう」と繰り返す彼女に、キースは手を差し出した。彼女はその手を伝って、キースの顔を見る。彼はきちっと、彼女の目をとらえていた。まるで先ほどとは逆だ。まっすぐに向けられた彼女の涙目は、焦点が合っていない。
「謝りに行こう、ラジィ。今なら十分間に合うよ」
 そうキースが彼女の腕を優しく持つと、ラジィは力一杯その手を振り払った。しっかりとした目で彼を睨む。
「間に合わないわよ!」
 やっと飛び出したのはらしくも無い弱音だった。もう先ほどと立場が逆である。それほど彼女はもう自暴自棄になっていた。再びうつむいてしまった彼女に、キースはしっかりと手を握って大きな声で説得する。
「でもこのままだったら、信用を失うどころか嫌われちゃうよ!」
「きら・・・!」
 目に大粒の涙を浮かべたラジィを見て、発言の過激さをキースは遅ればせながらに気づいた。しかしそう言わなければ、彼女が顔を上げることもなかっただろう。彼にも、先ほどの気弱さは微塵も伺えなかった。その様子に、思わずキサカは感心してしまっていた。
 すがるように見てくるラジィの手をとって、キースは教室に向かう。キサカにはついてこないように告げた。これから起こることを想定し、キサカは来るべきではないとキースが判断したのだ。そして聡い彼はそれに気付いてくれたのだろう。すぐに承諾の返事をくれる。キースはマイナス思考におぼれるラジィをひっぱりながら、教室へ向かった。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷