アルキュオネ
部屋の鍵が開いているのに気付いたのはある日の午後だった。
ノブを捻る気なんて最初からなかったから、本当のところはずっとずっと昔から壊れていたのかもしれない。ゆっくりと向こう側に押していくと、鈍い音が床を叩いて扉が軽くなった。覗き込めば錆びついた南京錠が崩れていた。
続くのは石の回廊。蔦の這う壁に、茨の覗く窓の外。
私は光に導かれるように歩いて、歩いて、歩く。
光。まるで山高帽に隠れた彼の髪のよう。
そう、あなたが魔法使いでも悪魔でも、私には温かく輝いて見えた。
だからあなたの棲む世界もまた、輝かしく。
私の部屋の出口よりも頑丈そうな、黒い鉄の扉が待ち侘びている。指が差し入れられるほどの隙間が開いていて、そこから煌々と光が溢れている。
取っ手を握れば、ざらりと赤茶けた鉄の匂い。私は光の帯を広げようと、扉を押し開ける。
凍っていた時間が動き出すように、深とした空気が静かに溶かされてゆく。光を浴びて、今まで太陽を知らなかっただろう塔の中の風が、静かに流動を取り戻してゆく。
大きく開いた扉は、私ひとりが転び出るには充分すぎるほどで。
石畳から外へ、裸足の踵が大地を踏む。見渡す限りが鬱蒼とした木々で、顔を上げれば凛と満月が世界を照らしている。初めてその光の源を私は知る。
世界は充分に美しく。
そうして溜息を吐いた瞬間を待っていたように、闇が歪み、黒く赤く染まる。
視界の端で赤い宝石が二つ、煌めいた気がした。