アルキュオネ
緋色で染まった薔薇の茂みを見て、僕は全てが手遅れであることを確かめた。
空になった窓の中と、静謐を増した夜の姿。昨日まであんなに騒々しく塔を取り囲んでいたものは、今や空腹を満たし、僅かばかりの安堵を召還していた。
僕はその影を見るや否や杖を突き立てる。深く抉れた穴から無数の歪みが吹き出し、霞んで行った。心臓を失えば何物も姿を留めることは出来ない。この森を脅かす獣も、二度と現れることはないだろう。
「分かっていたよ。何もしなくとも、終わったんだ」
本当は、何をするつもりもなかったのだ。ただ、どうせなら、“餌”に“喰らうだけの価値”がなくなれば諦めるだろうと、導き出した手段の一つでしかなかった。
「でもね。魂をもうひとつ、救えるならそれでもいいかなって」
けれど君は、食べなかった。その代わりに最後まで君だけの輝きを持って。
僕が左手に下げる小さな箱。もう不要になったプリムローズの砂糖漬け。
『あなたは良い魔法使い?』
まるでたった今耳にしたかのように、鈴の音のような声が耳奥に幻響する。
足元に残ったのはやはり、朱に塗れた草花ばかりで。
たとえ振り仰いでも、二度とあの鳥籠に少女は戻らない。
Fin