失われた小銭への怒り
「ちょっとー」
と、後ろから声がかかった。
振り返ると、貧相な男があきらかにオレを見ている。
「今、お金拾っただろう、それ、オレが落としたんだ、返せ」
オレの頭はさっき(これは自分が落としたものだ)と言い聞かせてあったので「自分が落としたものだ」と言った。パチンコに負けて、温厚なオレの顔つきが怖い顔に変わっていたのかも知れない。男は少し離れた所で止まった。小さい男だった。オレとの身長の差が20センチはありそうだった。かすかにおびえが見えた。
「なんで、後ろから来たあんたがオレの前にお金を落とせるんだ」
これで、どうだとオレは胸を張った。
「お金を落としたと気付いて戻りかけたらアンタが拾ったのを見たんだ」
おう、理屈に合っている。しかし、空腹なオレの夕食がかかっている。引き下がれない。
「あんたのだっていう証拠が無いじゃないか」
男が何か言おうとしたが、うまく言葉が出てこないようだ。オレはそのまま駅に向かって歩き出した。
「返せ~」と男が叫んでいる。オレが怖いのか追ってくる気配は無い。周りの人々が見ているようだ。早く人混みに紛れなくてはと早足になった。
身体が前に進まない。肩を掴んでいるやつがいる。あの小男ではないなと、そのがっしりした手の感触でわかった。もしかしたらヤバイ? と思いながら振り返った。
180センチのオレよりさらに10センチはありそうな大男が目の前に立っていた。オレは、あの小男の気持ちがわかった。ケンカが強そうかはわからなくても威圧感がある。
「見てたぞ」
低い声でそう言われたので、反射的に卑屈な声で「はい」と言った。
「出せ」
ずいぶん言葉を省略するやつだと思いながら、オレも言葉を省略して
「何を?」
「お金」
「無い」
「拾ったろ」
「拾った」
「出せ」
「オレのだ」
作品名:失われた小銭への怒り 作家名:伊達梁川