タクシー強盗の恐怖
真っ暗なところからやや明るい住宅地に入って間もなく、最初の信号機のある交差点で停止したときも、相変わらず彼の手足は小刻みに慄えたままだった。なぜあの住宅地でUターンしなかったのか、今井は悔やみ続けた。
「呑気に信号待ちなんかしてんじゃねえぞ、このあほんだら。さっさと行け!」
乗務員のシートがまた蹴られた。今井はほかの車が来ていないことを確認してから、慎重に車を発進させた。事故を起こせば即座に刺し殺されるかも知れない。彼の背後には防犯目的の透明なアクリル板があるのだが、強盗は助手席に身を乗り出して乗務員を刺すことができるだろう。首を刺されれば、大変な痛みを覚えると同時に、大量の出血という事態になる。そして、命を落とすことになる。想像するだけでも恐ろしいことだ。
やや広い道路に出たとき、屋根の上の行灯の色を変えられることを、今井は思い出した。今まではそれに触れたこともないのだが、エンジンキイの近くにそのスイッチがある筈だった。それをONにすれば、緑色灯の行灯の光が紅くなって点滅するらしい。交番やパトロールカーの警察官が、それを見たら救助してくれることになっている。