タクシー強盗の恐怖
「この小銭を足せば……」
「ふざけるな!こっちは札をよこせと云ってるんだバカ野郎!」
「自宅に帰ればあと一万円はあるかも知れません」
嘘だった。自宅に現金はない。
「コンビニ経由で、てめえんちまで行って、所要時間はどのくらいだ?」
「朝のラッシュが始まる前なら、一時間半です」
「この真夜中に朝のラッシュがどうとかって、寝ぼけたこと云ってんじゃねえよ」
「長距離便のトラックが集まって、四時頃から幹線道路を渋滞させる場合があります」
「それはありがたい情報だ。とにかく命が惜しけりゃ、御託並べてねえで急いで出発しろ!」
「わかりました」
強盗は間違いなく自分を殺そうとしている。今井がそう思うのは、犯人の顔を見てしまったからだ。見たこともない恐ろしい顔だった。今井がこれほどの恐怖を覚えたのは初めてだった。アクセルペダルを踏む足も、ハンドルを握る手も、腕も慄えが止まらない。