奥手な男
落語を楽しんだ後、二人は寿司を食べようという話になった。貧乏学生の二人のこと、もちろん「廻る」寿司である。マキは回転寿司に全く不満はなかった。二人はたわいもないおしゃべりを楽しんだ。
一頻り話も盛りあがった後、タカシの隣に新しい客が座った。香水の匂いをプンプンさせた婦人だった。お腹も満たされたので、二人は場所を変えることにした。タカシは勘定を済ますとマキと二人で店を出た。
「ごちそうさま」
「どういたしまして それにしても隣のおばさんの香水きつかったなあ」
「ほんと あたしの方まで匂ってきたよ」
「料理屋に来るときは香水は控えないとね」
「そうだね ところでタカシくんはどんなにおいの香水が好き?」
「う~ん 女の人の香水のことは良くわかんないけど そうだな 柑橘系のコロンが好きかかな」
「へー そうなんだ」
このあと二人はファストフードでお茶を飲んだあとそれぞれのアパートに帰っていった。結局タカシはこの日もマキに指一本触れなかった。
マキは帰宅途中のスーパーでグレープフルーツを5個買い込んだ。そしてアパートに帰るなり通販のカタログを開き、いつもよりひとつ大きなサイズのパットの付いたブラを注文した。
マキはある決心をしていた。
次の週の金曜日、マキはタカシに思い切って伝えた。
「良かったら今日授業が終わったら あたしのアパートに来ない?この前のお寿司のお礼に 一緒に晩御飯食べようよ」
「えっ いいの?」
「うん こう見えてもあたしね お料理得意なんだ」
マキは続けた。
「PCの調子も悪いから見てもらえないかな」
「わかった 行かせてもらうよ 何時にどこへ行けばいい?」
マキは最寄り駅から自分のアパートまでの地図を描いてタカシに渡した。
「じゃあ6時に直接あたしのアパートに来て」
二人は約束を確認し合うと、いったんそこで別れた。