奥手な男
第2章 決心
タカシとマキは社会学の授業を終えると、学食で一緒にランチを取るようになった。二人にとってこのランチタイムが一週間に一度の楽しみの一つになった。そして社会学の授業がない日もお互いに一緒にランチをしたいと思うようになった。
マキにはタカシと同じ苗字の男友達がいたため、区別するために抵抗なく「タカシくん」と呼ぶようになった。タカシもいつしか「マキちゃん」と呼ぶようになった。二人の仲は少しずつだが確実に接近していった。マキは学校が終わってアパートに帰るとタカシのことを考える時間が増えた。タカシもマキの存在が友達以上になりつつあることを感じていた。
ランチだけの付き合いが始まって2ヶ月ほど経った。マキはタカシと一緒にいて楽しかったが、いまひとつしっくり来ない気持ちでいた。特にタカシから「付き合ってください」と言われたわけではない。甘い言葉をかけられた記憶もない。休日にワクワクするような待ち合わせをしたこともない。しかもタカシはこの2ヶ月間マキに指一本触れたことがなかった。
「いったいあたしたちは何なんだろう?こういうのを付き合ってるって言えるの?」
マキは悶々とした疑問を自分にぶつけた。
ただひとつ確かなことは、タカシのことが好きになっていたってことだった。
そんなある日、タカシはマキをデートに誘おうと思った。映画、コンサート、アウトドア、いろいろ考えた末、タカシが選んだのは落語だった。
「今度のお休み 落語行かない?」
「えっ おもしろそう 行く行く! 笑点じゃないよね?」
「ハハ 笑点じゃないよ 普通の落語」
マキはタカシのデートの誘いに小躍りして喜んだ。
次の日曜日、二人は銀座で待ち合わせをした。渋谷や原宿と違って大人の街ではあるが、人の量はどちらも一緒だ。
会場の銀座小劇場に向かう途中、水商売風のグラマラスな女性とすれ違った。彼女の大きなバストに釘付けのタカシをマキは見逃がさなかった。
「タカシくん 見過ぎだよ」
「えっ 何が?」
しらばっくれるがマキにはお見通しであった。タカシは冷や汗をかきながら、なにげなくマキの胸と見比べていた。
落語はファンでなくとも楽しめる内容だった。新人落語家から大御所まで、なんとイギリス人女性の落語家まで出演していた。落語界もインターナショナル化が進んでいることに二人は驚いた。