「レイコの青春」 34~36
『保育者足る者は、おごることなく、その一生が勉強です。
時代が変わり、新しい出来事が日々生まれるようになれば、また
新しい知識や対応が必要とされることでしょう。
たかがうつぶせ寝、されど、うつぶせ寝・・・・
私は、一生をかけて、このことの後悔をしなければなりません』
「綾乃は、こんな風にして・・・」
美千子が、肩でひとつ息をついてから、
膝の上で、園長先生のノートを閉じてしまいました。
黙ったまま、うつむいて目頭を押さえます。
レイコが、そんな美千子へ遠慮がちに声をかけます。
「ごめんね、美千子。
辛すぎる記録だと思うけれど、
私の一存で、園長先生から預かってきました。
いつかは美千子さんに、渡せる時が来るならばと、
お見舞いで、病室を訪ねた時に、そう園長先生から頼まれました。
そのことがまた、美千子を悲しませることになるということは、
最初から解りきっていたのに・・・、私はまた、
断りきれずに、余計なおせっかいをかって出ました。」
美千子が、レイコの言葉に目をあげました。
もう一度、膝の上で園長先生のノートを広げなおします。
悄然と居間の片隅で立ち尽くしているレイコに向かって、
美千子が手招きをします。
「おいでよ、レイコ、
少し、話をしょう。
あんたはいつでも正直すぎるから、
したくない話になると、すぐにそうして、
借りてきた猫のように丸くなってしまうんだもの。優しいすぎるわよ。
それに比べたら、私はいつだって、
どんな時にも、全然、自分の本心を表現することが
できなかったなぁ・・・」
「何言ってんの、美千子。
私から見れば美千子は、いつも輝いていて、みんなの真ん中に居た。
それこそ、ひまわりそのものだった。」
「自分でも、そのことを誤解をしていたのよ。
ずっと長い間、ひまわりが自分自身だと思い込んで生きてきた。
みんなにも、そう思われていたし、
自分でも、そういう立ち振る舞いが
もっとも私らしいと、勝手に思いこんでいたの、
あの頃は。」
「あの頃は?」
「座ってよ、レイコ。
あんたにだけには、本当のことを話しておきたい。
もうずいぶん昔から、好き勝手に、
自分を誤解したままに生きてきただけの
私の、つまんない身の上話になってしまうけど、
聴いてくれるよね、レイコなら。」
「私で、よければ」
「私の中で、一番大好きで、
一番大嫌いな女友達が、たぶんレイコだ。
私が好き勝手に、気ままにふるまっているのに
あなたったら、呼べばすぐに応えてくれたし、いつでも駆けつけてくれた。
あんただけがいつも、同じ距離のところにいた。
本当の親友の一人だと、ず~と、実は心の底で思っていたの。
でもさぁ・・・人生って、思うようにはいかないのよ、
好き勝手に生きてきたんだから、何の後悔も無いように見えるけど
それは、ただの外面だけの話なの。
本当の私の内面には、いつだって、
後悔や反省ばかりが、渦を巻き続けていた・・・・」
「まさか、」
「本当の話だよ、レイコ。
綾乃だって、産まなければ良かったと、ずいぶん後悔をした。
もしかしたら・・・
母親としての自覚が足りない私のせいで
綾乃が死んでしまったのかもしれないし、私が、
殺してしまったような気もする。」
「美千子・・・」
作品名:「レイコの青春」 34~36 作家名:落合順平