『晩夏の小夜時雨』 (ばんかのさよしぐれ)
「ごめん」
僕は君に短く謝った。君は黙ったまま、さもありなんと頷いた。
それはまるで、僕が「ごめん」のひと言に包み込んでしまった感情を慮(おもんばか)ったかのように。おそらく、僕は君を抱き締める気分になれない、そう見透かしたのだろう。
そんな冷徹な仕打ちに、君は反発するかのように、ただただ冷えた身体の震えを抑え込んでいた。僕たちの間に長い沈黙が、それからずっと・・・・・・、さらにずっと続いていった。
だが、やっとのことだった、君は蘇生したのかぽつりと口を開いた。
「ねえ、雨の中を一緒に歩いて欲しいの」
「そうしようか」
とにかく僕は飛び出したかった。この小さな部屋の中に充満する君との気まずさ、それから逃げ出したかった。
「傘は?」
僕は君に尋ねた。しかし君は短く「いらない」と。
作品名:『晩夏の小夜時雨』 (ばんかのさよしぐれ) 作家名:鮎風 遊