『晩夏の小夜時雨』 (ばんかのさよしぐれ)
「ねえ、開けて」
夜が更けて、力弱く・・・・・・。君は突然に、ドアをコンコンと叩いて訪ねて来た。ドアチェーンを外し、僕はそっと開けてみる。すると君は緑の黒髪から爪先まで濡れていた。
「どうしたんだよ?」
「うーうん、ちょっとね」
君はそう口ごもりながら、白い指先を震わせていた。
「風邪引くよ。まあ、入れよ」
僕は君の冷えた身体が心配だった。だから、ポット一杯に湯を沸かし、インスタントのポタージュスープを入れた。君はふーふーとそれを口にして、そのマグカップをじっと握りしめていた。
僕にはわかっていた。なぜ君がここに来て、どうして今、ここにいるのかを。そして、なぜそこまで、無言のままなのかも。
僕は感じ取っていたのだ、匂いを。
君の心の奥底にある、そう、あいつの・・・・・・嫌みな獣臭を。
作品名:『晩夏の小夜時雨』 (ばんかのさよしぐれ) 作家名:鮎風 遊