【無幻真天楼 第二部・第一回】夢風鈴
涼しさを求めてなのかそれともただ足が向いたのか矜羯羅が足を止めたのは縁側がある和室の前
開けっぱなしの襖
部屋の中に入ると軒下で揺れた風鈴が鳴った
磯の匂いを微かながら含んだ風
それを矜羯羅が深呼吸して吸い込む
ゆっくりと矜羯羅の長いまつげが伏せられた
「…座ったらどうですか」
「いたの」
柱を挟んでかけられた声は乾闥婆のものだった
「いたら駄目ですか」
「相変わらず可愛げないよね」
「それはどうも」
柱越しに淡々と続く会話
「…大丈夫なの?」
「…何がですか…」
淡々とした会話のあとに矜羯羅が聞くと少し間を開けて乾闥婆が聞き返した
「…大丈夫ですよ僕は…」
矜羯羅の返事を待たずに乾闥婆が答える
「そうは見えないけど」
いつの間にか庭に降りていた矜羯羅がしゃがんで乾闥婆の顔を下から覗きこんで言った
「…痛いよ」
「驚かせないでください」
ぐぐぐっと乾闥婆が矜羯羅の頭を押し付けた
「僕は大丈夫です」
ふっと押し付けていた力が緩くなって矜羯羅が頭をあげると廊下に向かう乾闥婆の背中
「…」
ゆっくり立ち上がった矜羯羅が空を見上げ眉を下げた
「後悔…って…本当に後からくるんだ…」
「…んがらみっけ」
独特の話し方
「…にか見えるの? 空」
「重いよ」
矜羯羅の頭に制多迦がクロを乗せて空を見上げる
「…い天気だねー…」
「制多迦」
「…に?」
「…何でもない」
矜羯羅の頭の上のクロがふんふんと鼻を動かす
チリンと小さく鳴った風鈴
作品名:【無幻真天楼 第二部・第一回】夢風鈴 作家名:島原あゆむ