空の子供
不幸。
不幸。
ふこう。
フコウ。
「あんまり期待してない、だからいいよ」
「……え…」
弱音に、きっぱりはっきりと、傷つくようなことを言われてしまった。
歯に物を着せぬ言い方。だから、余計ちくっと胸は痛み、世界が暗くなった錯覚を覚える。
「MASKが判る、それ、ボクの役目。探す、夕子の役目、違う。夕子、MASKを探す、違うもの。夕子、職を探す、それ、役目でしょ?」
言われてどきりとする言葉。
今のが丁度そんな感じかな。
そう、私は職を見つからないからって、MASK探しの役目を被せていた。
MASKを探すのは、私じゃない。
それは、太陽の子の役目。
だから、私は期待されなくて当然なんだ。私は、「手伝う」だけなんだから。
シェイはシェイの出来ることを、私は私に出来ることを。探すべき。
すぅっと息を吸う。それから、シャウト。
今までの鬱憤を晴らすように。あのヅラへ、磯部先生へ、魔法使いになれるクラスメイト達へ、むかつく思いを声にして。
すっきりする。
それに吃驚するシェイは、可愛らしく眼をきょとんと丸くして、あっけにとられるが、叫び終わった私にどうしたの?とはっとしたように問い掛けようとした。
だが、問い掛ける前に、声が。
「私の竜!!」
「!! 夕子、危ない、こっちに!!」
「え?きゃぁ!!」
後ろから斬りかかったのは足我のお嬢様。
シェイのお陰で、避けることが出来たけれど、もう少しで、一生負うはめになる傷を得るところだった。
否、下手してたら、死んでいた? そこまでは詳しくは判らない。
「な、何するの貴方…!!」
「それはこっちのセリフだわ、私の竜…私の可愛い可愛い竜をたらし込んで…!!」
「た、たらし!?貴方、それ大きな勘違いだわ!!私、別にシェイをたらし…」
「たらしこむ、何?」
『貴方は黙ってて!!』
は。
視線を二人でシェイにかち合わせる。
両方、叫ぶ言葉は真逆で。
「逃げろ」と「待て」。
シェイはとっくに逃げる体勢だった。私を抱えて。
「行くよ!!」
「きゃぁああああああ!!」
翼が現れ羽ばたく。一回翼が下を向く度に、シェイは少しずつ浮き上がる。なんと大きな翼だろう。
それで、突風が起こり、髪が乱れる足我のお嬢様は、それも気にせず、日本刀で切りかかろうとする。
其れよりも先に、シェイは宙へ。
「夕子、知ってたの、あの人?」
「最近知ったばっか! それも少しだけ! シェイこそ…」
「ボク、君、最初であったときの傷、あの子、傷つけた。」
「でぇ?!」
なんていう、お嬢様だ。
あのグロテスクな酷く深い傷は彼女が負わせたのか。
「なんで、シェイを狙ってきてるの!?」
「ボク、竜だから!」
ああ、そういえば、と納得。
竜狂いなら、珍しい金と銀の色をするウロコの竜なんて、欲しくてたまらないだろう。
「太陽の子、待て!」
え?
振り返って、足我のお嬢様を見遣る。少し狂気が取り憑いたような表情だ。
我が耳を疑った。
……太陽の子だと、知っている…?
「ちょっと、これ、どういうことよぉ!!」
「ああ、もう、喋らないで! 夕子重いから、飛ぶのに必死なんだから!」
「いっそ竜の姿にでもなれば?!」
「あ、それ名案! よぉし…」
閃光が何よりも早く私の視界を覆っていく。
そして、残像を残して、視界が視力を取り戻していくとそこには、私を抱えた竜が。
シャァア!と吼えている。戦闘態勢なのだろう。
でも、私を抱えて? どうやって戦えるの? 私お荷物じゃないの。
私は邪魔にならないように、竜の体をよじ登り、背中の鬣(たてがみ)を伝い、頭の部分まで移動した。
頭に移動すると、シェイが威嚇しながらも、くすぐったそうに身をよじった。
ご、ごめん、と思わず謝って、真っ正面から、改めて、彼女を見遣る。
彼女は、刀の鞘を乱暴に地に放り出し、何事か口早に唱えて、飛翔する。
幾ら、気迫が凄いからと言って、ここまでは来られないだろう。こんな空まで。
でも、それなら、あのシェイの腹の傷は、なんなんだ?
まずい、と思った瞬間には、彼女はシェイの顔もとまで飛んでいた。
シェイは咆哮をあげて、その息の風で、彼女を追い返す。
…私は夢を見て居るんだろうか。足我のお嬢様が、空を飛んでいるように見えるのだが。
――魔法だ。彼女は、まだ魔法を習う段階の学年ではないのに関わらず、魔法が使えるのだ! 憧れの魔法を持つ彼女に、私の目は、嫉妬に塗れているだろう。彼女は竜と知り合いであることに、私は彼女が魔法を持っていることにお互い嫉妬している。なんと変な話。
飛翔魔法は、持続十五分と聞いている。使った後は、飛翔魔法を使ってる間の存在しなかった重力が返ってくるらしい。そして、動けなくなるそうだ。十五分程。否、それ以上の場合もあると、聞いたことがある。運動量によって違うとか。
「シェイ、下手に戦うよりか、逃げた方が良い!」
“明白! でも、この人、立ち回りが巧くて…”
頭に届く、優しい声。とても、今、足我さんに威嚇している竜と同一人物とは思えない。
「私の竜を返して…ねぇ、貴方も私の方に居た方がいいわよね…?!」
足我さんが、見えない大地に足をつけて、より高く飛翔する。
拙い、逆光で見えない! 私は、慌てて、シェイにしがみついて、地に落ちる衝撃に耐える準備をした。だが、それはいつまでも来ることはなく、目を開くと、足我さんは、シェイの尻尾で叩かれて飛んでいた。
「す、凄いね、よく逆光なのに…」
“担心不需要。ボク、太陽の子!”
そういえばそうだった。とはいうものの、凄いとは思う。光に強いのか。というか、その訳せない言語は使わないでくれ。
足我さんは、目をぎらりと光らせて、立ち直る。この間、五分。
あと十分持ちこたえられれば逃げられると、シェイに言うが、反応が無い。
どうした、と大声で尋ねてみると、シェイは、身をくるりと一回転させて、歓喜を舞う。
一緒に回る羽目になる、こっちの身にもなって欲しい。落ちたらどうしてくれるのよ。
「どうしたの、どうしたの?」
“做了! 夕子”
「私に判る言葉で喋ってよ!」
“ごめん、MASKが見つかったんだ!”
「え……」
MASK。見つかったと言うことは、此処にいる彼女以外居なくて。こんなに早く見つかるなんて、と私は驚いたが、今までも、割りとこういうことがあったらしい。
MASKは見つかると、別の生き物に寄生して、逃げ回る。
逃げるのが先か、倒すのが先か、の駆け引きで、いつも負けてるそうだ。
「じゃあ、倒しちゃえば!?」
“それ、ボク、役目違う! グイ! グイを呼ばないと!”
「何、私の竜と話してるの! 私にも、声を聞かせなさい!」
足我さんが、会話しているうちに、刀でシェイの鼻先を切り上げる。
見事なまでの血が、空に滴り落ち、血の雨を降らせる。それだけで、深い傷だと判る、戦闘なんて見たこと無い私にでも。