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空の子供

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 仮面舞踏会しか、脳裏によぎらない己に悔やむ。そんな貧困な発想しか湧かないのか、自分。
 せめて、何かそんな一般的な事じゃなくても良いじゃない、つい最近まで魔法使いを目指していたんだから、人一倍、面白い感性じゃないと!
 しかし、それは当然の反応といったように、二人はその反応に興味を示さない。
 シェイの顔は暗くなり、パイロンの顔は至って飄々としている。

 「人間よ、時に自分の意志と反対のことをしておることはないかね?」
「…?」

 パイロンの言葉が何を言いたいのか判らない。
 恐らくは、マスクの説明なんだろうけども。回りくどい言い方をしないで、直球に言って欲しい。

 「突如叫んだり、笑ったり、怒ったり、泣いたり。もっと、悪いものを例に出すと、人を殺していたり、とか、かのう?」
「……」
「そういうことをしてる奴はのう、MASKに寄生されてるんじゃよ」
「寄生?」
「左様。MASKは人々に寄生して、悪意をなす、歌で言うと不吉な予感じゃ。オレらはそれの大本を抹消せねばならぬ。それを見つける役目が、太陽の子、謝じゃ。そして、オレは謝の監視係兼記録係、雲の子、パイロン」

 ……寄生?
そんなの本当にあるんだろうか?
 身に覚えは…ある。
そういえば、自分では抑えたい怒りを他人にぶつけて、とんでもないこと言ったりしてたっけ。

 「そんなに害は無いんじゃ…」
 そう言うと、シェイは不思議そうな顔をして、パイロンは馬鹿にするように更に笑った。
 「おかしな人間だね、夕子。MASKを庇うなんてさ」
「言ったじゃろう? 最悪の場合、人を殺す、と。それが進化した形が何か、判るか? ……戦争じゃよ。我等が父上母上兄者殿は、そんな人間の上のもと暮らしたくは無いと申されるからな」
「兄者…月の子と星の子ね?」
「うむ。シェイが見つけて、星の子、シュンがMASKを抹消する。ただなぁ、MASKは厄介で、鼻がオレと同じできいていて、我等の気配がすると逃げ出すものじゃから、困って、すでに何百年という年月をかけていても尚も見つからずにいる」
「何百年?! そんなに年いってるわけ?! お爺さんなのね、貴方たち」
 私がそういうと、パイロンは馬鹿笑いして、謝は不満げな目を向ける。
 「カカカ、爺じゃとよ、シェイ」
「………シェイ、一番若い。爺、違う。」
「左様、シェイは末っ子、一番の若輩者。だから、オレらはその若い感性に期待をしておる」
「もっと若い感性は要らない?」
「む?」
「私も、暫くやることないし、落第しちゃっててひまだから、MASK探し、手伝ってあげる!」
 パイロンは一瞬目を見開いたが、その柄の悪い眼を半目にして、扇を取り出して口元を覆い、片眉を吊り上げた。
 シェイは私とパイロンを交互に見たが、慌てたように、パイロンに主張する。
 「パイ、駄目だよ、人の子は巻き込んではいけない!」
「だがなぁ、シェイ、人故に気づくこともあるとも言えよう…娘、ユウコと申したか」
「日野夕子」
 今日何度目か判らない自己紹介をして、こくりと頷く。
 覆ってた口元をパイロンは扇をパシンと閉じて、露にして、口の線が孤を描く。
 その表情がどことなく、魔性を感じた。人間ではない何かを感じた。
 それに、それに私はわくわくしている。どきどきもしている。こんな気持ちを持てるなんて。落第された日に、得るなんて。

 落第されたけれど、今日は素敵な拾い物をしたようだ。

 シェイという名の、少し幼さの残ったドラゴン。

*

 「夕子…ずっと思ってたことがある」
「奇遇ね、私も貴方に言いたいことがあるわ」
「このミソシリしょっぱい」
「このごはん、ねちょねちょ」
 朝食風景。
 ひょんなことから…いや、自ら申し出たのだが、竜を拾って、一緒に生活することになった。
 ちなみに、監視係だからと言って、パイロンという名の白い小さなトカゲも床でご飯を一緒に食べている。
 人の姿だと食費がかかるからだ。
 シェイの場合、人じゃなくなると、この狭いアパートじゃ、部屋どころか、アパート全体を壊す恐れがある。
 それに何より、竜だ、それも珍しい鱗の。どこぞの竜マニアに聞かれたら、やばいやばい。

 「こんなしょっぱいのを、人間はいつも飲んでるの?」
 気の毒にと言いたげなシェイ、彼は味噌汁をミソシリとしか言えない。
 ご飯を作るの手伝うといったから、米を炊かせたが、ねちょねちょだ。
 水加減を間違えたようだ。私は味加減を間違えたようだ。

 「竜も、こんなねちょねちょなご飯を食べるの?」
「まさか! いつもだったら、ハオが…」
 この人は(人じゃないけれど)、いつもなんでそんなに気になるような言い方をするのだろう。
 ハオって誰?って訊くしかないじゃないの。
 でも、そんな暗い顔をされちゃ、訊くにも訊けないじゃない。
 人の姿じゃないから、人語を話せないパイロンに問うことも出来ないし。
 問えたとしても、彼の言い回しにイラつくだけだろう。

 シェイの傷は本当に、次の日に包帯を取り替えるときには、どうにかなっていた。傷を縫ったわけじゃないのに、見事にくっついていた。ごはんつぶをつけたように。
 それでも、暫くは傷が気になるから、家にかくまってと言った。
だから私は傷が完璧に治ったら、二人でMASKを探そう、と約束させた。

 雲の子、当然欠伸。どうでもいいみたいだ。
 むしろ、シェイ一人でMASKを探す方が心配のようだったと後に判った。
 だから、私にその話をしたんだろうということも。

 「じゃあ、行って来るね」
「メンセツ――だっけ?」
「そう、面接」
 家計は増えた、親はまさか竜と暮らしてるとは思わないだろうから、一人分で暮らせるだけのお金しか送ってこない。送ってくれるだけ有難いのだろうが。
 だから、今日からバイトをしようと、私は決めていたのだ。
 「今日みたいに、辛いミソシリを作ってるような人、採用してくれる人いるの?」
 これは嫌味でも、皮肉でもなく、純粋に問いてるということが判るまでは時間がかかった。
 最初のときは何でも聞いてくる彼にいらついたが、なれて来たようだ。
 彼は純粋。白いんだ、何よりも。穢れが一つも無い。純真無垢っていうのかな。
 彼と居ると、たまに物凄く堪らなく、居心地の悪さを感じることがある。
 それを一度だけパイロンに話したことがある。
 すると、彼はやっぱり欠伸しながら、教えた。

 「太陽は濁る事無く、人々の上に立つだろう。」
「は?」
「シェイは純真だからこそ、MASKを見つけられる唯一の奴なんじゃよ。ただ、だからこそ、後ろめたさが無くても、――人間で言うと、そうじゃな――子供を前にするサンタの格好の大人のごとく、その純真さに気が引けるんじゃろうよ、何もしてなくても。人の子よ、気にするでない」

 やっぱり、回りくどいと思った。

 「それじゃ、留守番しっかり頼んだからね。火事なんて起こしてみなさい、焼かれた竜を食ってやるわ」
「あははは、ダイジョウブ、何も触らない、何も弄らない。だから、発火、しない。イッテラッシャイ」

 いってらっしゃい。
 そういわれたのは何年ぶりだろう。
作品名:空の子供 作家名:かぎのえ