空の子供
信じられない。私は今、竜とこの世界のことばで喋っている。
「誰…ええと、君は」
「私は人間。貴方、竜? …ええと、何ていう種類なのかな。」
「人の子が何ていうか知らないけれど、竜だよ。ただの竜。ボク、シェイって言うの。君は?」
「日野夕子。ユーコよ、判る?」
「ユゥコ。…ユゥコだね、判った。お願いがあるんだ。ボクをどこかにかくまって欲しい」
「貴方みたいに家並に…それ以上に大きいのをかくまえる場所なんて、ないわ」
「じゃあ、これで…」
そういうと、彼は急に光を太陽から奪い、輝いて――私はまぶしくて目を閉じる。
眩しさが暫く続いたかと思うと、止んだ。その瞬間、暗く夜のような錯覚がした。
目を開けたら…一人の中性的な男性が、竜の居た場所に座っていた。
透けるような水色の髪に、少し銀と金が混ざっていて、太陽を反射してるのか吸収してるのか輝く。
目は、やっぱり綺麗で、優しい光の大きな紫だった。
輪郭は細い線で、彫刻の造形のように、整った顔立ちだった。背は私の頭一つ分、大きかった。
少しだけ幼さを残した大きな紫の瞳の美青年。
竜は美形なのか。
ってか、人になれたのか!! 講義では習わなかったぞ!
彼は両肩で荒く呼吸していて、少し気だるそうに私を見た。
瞳の意味、それはさっき竜が、シェイが言っていたもの。
“どこかへかくまって”
うちは一人暮らしで誰も居ない。うちに連れて行こう。
シェイとの出会いはここから始まった。これは仕組まれたこと? それとも偶然?
*
大の大人を連れて行くのは乙女の腕じゃ疲れるし、人目も気になった。
何でシェイに会ったときには居なかったのに、気づけば人がいるんだろう?
家に着いて玄関に着くなり、彼を背からゆっくりと下ろした。
背に乗せて運んでいたのだ。自分でもよく運べたと思った。だから、下ろしたときに、頑張った自分、と褒めてやった。
ドサ、と床に転がる彼は自分が歩いたわけじゃないのに、ハーハ―と息が荒かった。それだけ傷がやばい証拠。お腹に派手に赤い花が咲いている。
「令人感激…」
「何言ってるか判らないけれど、やばいよ! 医者、医者を連れてくるね!」
「止住!! やめて、医者はやめて!」
「そうは言っても…」
彼の青い顔をじっとみる、その目は拒否を映していて、困る。竜の目って、初めて見るんだけど、こんなに強い色をしているのね。
「自分で何とか出来るから…」
「あーうん、じゃあ救急箱をもってくるね!!」
「令人感激…本当に、有難う…」
しばらくして、本当に彼は手馴れているようなのか、てきぱきと自分で手当てをした。
そういえば、竜の生命力は強いって習ったな。
そうして終わってから、彼はニコリと微笑んだ。
「有難う! いやぁ、助かったよ!」
「別にいいけど大丈夫? 縫わなくて…」
「大丈夫、竜の回復力は凄いんだから。」
どうだ、いいだろう、と言わんばかりのその自慢げな笑みに苦笑した。
「ユゥコ、本当に有難う」
「夕子、よ。夕日の夕に子って書くの。でも、どうして降ってきたの?」
それを問うと、彼の顔が曇る。しまった、どうしよう、そんな顔だ。
彼は思ったことが表情に出やすいらしい。嘘が付けないタイプとみた。
「ああと…それ言う、君危険…聞かないほうが、いい!」
首をぶんぶんふって、あたふたとする。余計気になる言い方じゃん。
はははははは。
窓辺から、声がした。泥棒が居たの?!
その声は、ゆっくりと私達に近寄って、いつのまにか、シェイの隣にいた。
黒い短めの髪に、前髪だけ金髪。目つきはかなり悪くて、三白眼。
彼が隣に居ると、謝が女に見えてくるくらい、男、を強調してるようだった。うん、男らしいってこういう感じなんだな、って思った。頼もしそうに見えた。
背は私と変わらないくらい低いというのに。
…誰?と、問い掛けると、片手でひらりと、ふった。
「やぁ、すまんなあ、愚弟が面倒かけさせちまって」
「竜の兄弟?!」
「――違うな、オレは竜にはなれんしのう。オレがなれるのは、小さな白いトカゲじゃ。だから、愚弟とは言っても、名ばかりなんじゃ」
くくく、と喉の奥で笑ってから、シェイへ目を細くして視線を移動させる。
シェイは兄弟、を否定された時、一瞬見せた切なげな表情はすぐに消えて、強張った顔になっている。油断しないぞ、とでも意思表示してるような。その表寿を見て、現れた男は一瞬だけ切ない顔をして笑った。だがその顔もすぐに飄々とした表情に戻る。
「……いつもはさぼってるのに、こういう時はちゃんと見てるんだ」
「鼻が良いんじゃよ、オレぁ。そんな言い方駄目じゃろ? そんな態度駄目じゃろ? ここまで関わってしまった分、最後まで関わってもらわなきゃ。」
「……パイ、まさか…!!」
「雲の子、それでも欠伸。オレにとっちゃ、どうでもいいことさね。誰が関わっていようが、奴を見つけるのは御前さんの役目であり、使命なんじゃ。いいじゃねぇか、今まで一人で頑張ってきたんだ。危険な目に、共にあってくれる奴の一人や二人作ったってよぅ」
雲の子。
雲の子?
何処かで聞いた。
懐かしい響き。
“母さん、くもの子って、欠伸してばっかだね”
“夕飯前の夕子そっくりねぇ、そうねぇ”
“あ、ひどいー”
「あ!!!」
そこで、私は気づいた。っていうか、何、今の回想。
あの歌に。
“太陽の子、嫌な予感感じて
星の子、弟思い、嫌な予感殺しちゃう
雲の子、それ見て欠伸”
雲の子…それが本当だとしたら…
「貴方、雲の子?! あの歌の登場人物?!」
食いかかるように問うと――今日の私は食いかかるように問いかけてるばかりの気がする――、彼は少し考えてから、けらけらと笑い、頷いた。そして、友好の意、握手をしようと手を差し出してくる。私は素直に受け取るべきか否か、躊躇いつつも、手を軽く握って、すぐに離した。
「ああ、そうじゃよ。オレらは空の子供、人の子よ、初めまして。わしは雲と星の子のパイロン」
「パイ! 駄目、駄目だったら!」
「駄目といわれても、もう話しちまった。カカカ、これで秘密共有。御前さんにゃ味方が出来たわけじゃ」
二人の会話が耳を素通りする。
まさか、そんな、え?
雲の子と星の子。確かにお母さんお父さんは要るけれど、子供を作るには。
でも、雲の子はずっと、雲だけの子供だと思ってた。
じゃあ、シェイは?シェイは何の子?
「シェイ…」
「夕子…い、今の、聞かなかったことに…」
「駄目。知ってしまったもの。好奇心は抑えられない。ましてや、いつも口ずさんでる歌ならば。…貴方は誰の子?」
そういうと、諦めたように項垂れて、ぽつりと言った。
太陽と月の子、世間では太陽の子と呼ばれている、と。
太陽の子!!
全ての始まりの太陽の子!!
「じゃあ、嫌な予感っていうのは…」
「MASK」
マスク?
「ますく…ますく…」
必死に脳内の記憶を巡らせ考えるが、それが何なのか判らない。