空の子供
「こんな時だけ、親だというんじゃな。オレらが苦しんでいるときには、何も反応しなかった癖に。シェイが苦しんでるのに何も反応しなかった癖に」
“雲の子、お前我らを愚弄するのか? 魔物の癖に。魔物を引き取った我らに”
「愚弄じゃなかろう、真実じゃろ? 嘘だらけのお前らの中にあるただ一つの真実。魔物なのに引き取ったのは、協定を結びたかっただけじゃろう? 自分勝手じゃな、何処までも! こんな親を怯えていたのかと思うと、自分が馬鹿らしく思えるわな!」
“――人の子、お前の差し金だな…”
急に人のことを言うんだもの、驚いちゃったわ。
「私はただシェイを見せただけよ、こうやってね!」
そういって、シェイを見せつけるように少しだけ腕を広げる。
色無く、悲しみに満ちたこの姿を。
「見なさいよ、この苦しんでいる顔! 全部全部貴方達が、苦しめた所為よ! 貴方達のゲームの所為よ! シェイは生きたいって言ってたわ! それなのに死んだの、何でよ? 生きたいって言ってるシェイが何故死ななきゃならなかったの!? 誰よりも貴方達を慕っていたのに! その思いに、貴方達は気づいてたんでしょ!?」
シェイは、幸せになって欲しいと言っていた。
皆の傍に居たいと言っていた。今、皆の傍に居るよ、望んだ形ではないだろうけれど。
“……ひっく”
ひっく?何故しゃっくりを?
泣いているのだと、気づいたのは、次の瞬間。星の瞬きが多くなっている。
星が泣いているのだ。
「…母」
“ごめん、ごめんなさい。シェイ、ごめんなさい。貴方を傷つけると判っていても、反対出来なかった。怖かった、怖かったの、仲間はずれにされることが”
…仲間はずれにされる怖さと寂しさは、私はよく知っている。
何せ、友達が居なかった身ですから?
……星への怒りが揺るいだ。
「……」
皆も同じだったようだった。
だが、太陽と月は違うようで、次の瞬間、皆が危ないと私に声をかけてきた。
ジャオファが後ろで強化されたシールドを張るが、ばりぃんと一気に砕け、太陽と月のエネルギーは私を狙う。
目を開いた瞬間が、死後の世界だと思っていた。
ああ、貴方に会うんだ、怒られちゃうな、とか思っていたら、何の熱もない。
何の熱もなく死ねたのかな、それとも耐熱魔法の効果かな、と思って目を開けたら、金と銀の光が、砂のように頭上から降ってくる光が私を守ってくれていた…。
――夕子へ、プレゼント。祝福の魔法。空が、夕子を守ってくれるよ。
……祝福魔法!
シェイ、死んでまで私を守ってくれるの? こんなに思いは強かったの? 有難う、有難う、有難う以外のお礼の言葉が思い浮かばない。私って貧困な発想だから。
眼窩から涙が滴り落ちる。嬉しくて。愛されてることが実感できて。胸が温かい、これは魔法の所為かな? 貴方の所為かな? 有難う、私、一生貴方を忘れないわ。
「シェイの……祝福魔法…? 金色と銀色のシールドなんて、シェイ以外見たこと無い…」
「……シェイがね、ハオと会う前に、祝福魔法をかけてくれたの」
「……あの子……なんていうか…――本当に、可愛い子」
ハオが笑ったような気がした。でも、次の瞬間、ハオとグイが月を八等分にしていて、ジャオファに太陽を凍らせて、と命じていた。パイロンもそれに協力するように、氷系統の呪文を唱える。魔法に関しては、世界一と言える二人が一斉に唱えたら、威力は計り知れない。例え太陽だって、凍るだろう。
“馬鹿な、馬鹿な! ゲームの駒が、たかが駒が私たちを殺すなど!”
「ゲームの駒だって、投げつければ鈍器になるのよ!」
『死』
ハオとジャオファが同時に発動の言葉を唱えると、太陽がびきびきと凍り出す。下から上へ、大きな氷の黒い塊が出来上がる。
それが出来上がった瞬間、私以外の全員でかかと落としを喰らわせて、砕いた。
世界に闇が訪れる瞬間。私が悪の魔法使いと謡われる瞬間だった。
「…さて、星は、許すとして…雲はどうしましょうか?」
「オレの親は、オレが始末をつけようぞ」
そういって、パイロンが扇を大きくして、それで雲を散らそうとした。
だが、雲は黙って、反撃してくる。ごろごろと鳴り、雷をパイロンに向けた。
パイロンはもろにくらって、倒れかけるが、倒れない。
それは自分の強さか、信念の強さか、目的の強さか。
「死」
そうパイロンが口にすると、扇がばちばちっと光った。
「お前の攻撃が判らないでか。お前の攻撃は、水、雷、雪、その三つしかない。一番簡単な雷の攻撃が来ると判れば、魔力を蓄積せんでも、跳ね返せばいい!」
パイロンは扇に喰らった雷を、全部吸収していたのだ。
味方ながら、敵に回したら怖い魔法使いだと思った。
「愚弟の痛みを、思い知れ」
それでもパワーが足りないようで、パイロンは魔力を次々と注ぎ込む。
そこに、ジャオファが手を乗せる。
「…………愚父」
「……――お前を産んだ責任だ。あいつと契った責任を取りたいだけだ、勘違いするな。協定なんて馬鹿馬鹿しい。協定など要らなくとも、我ら魔は己を守れる。弱い奴は死ね」
「……――末恐ろしい父親じゃよ、貴様は」
パイロンは、子供のような笑みを浮かべて、雷を放つ。
結果は、言わなくても、判るだろう。
空が死んだ日。
後に人々は、この日を、こう名付けた。
「闇に纏われた日」。
そのまんまやん。
*
「あたしは、月。あんたは、魔法でいいから、偶に雨を降らせなさいよ」
「判っておるよ、愚姉。愚兄、お前はどうする?」
「己はシェイの死体を守ってる」
“だけど、私の光で本当に月は輝く?”
「大丈夫よ、叔母様。貴方はやる気になれば、出来る人だから、きっと」
「母、自信を持て。太陽だって月だって、元は星だ」
“うん…有難う…”
空の会議を、空の役割分担をするところ、私しか人間で見た人はいないんじゃない?
ただどうしても太陽だけが補えなかった。太陽は自分がやるとパイロンが名乗り出たが、ハオに「自由を愛するあんたが、縛られてどうするの」と、ぴしゃりと言いつけた。
グイはそれに声無く笑い、ただシェイの頭を何回も撫でていた。
ジャオファが、話を切り出す。
「そろそろ地上に戻りたいのだが。高いところは、落ち着かん」
「嗚呼、そうね、そろそろ地上に戻らないといけないわよね……有難う、ジャオファ。あんた、思ってたより、強かったわ。強い人は好きよ。…だけど、聞いていい?何で、あたしをフィアンセに?」
「……闇が好きだからだと言っただろう。醜い癖に、酷く美しいお前……の闇が好きだ」
「……あんた、まだ闇に拘るの」
ハオが呆れたような顔をして、それから、私の方を見遣る。ジャオファは貴方が好きだと言いたかったんだろうけれど、結局は闇で誤魔化した。…それに気づかないハオもハオだけど、言えないジャオファもジャオファだ。一目惚れだったのか、それとも…。
ハオとはただ、黙って、言葉が何もお互いでなかった。
さよならと、言いたくなくて。またねは、あり得ないから。
「……その……あれ……えっと…」
ハオが何か言おうと口を開くが、言葉にならない。