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空の子供

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“何でもないわけない! 人間も竜も、痛いとき、泣く! 夕子の心が、痛がっている! 爪で引っ掻いたんだ、あいつら!”
「シェイ君、彼女は放っておいた方がよさそうだよ。さぁ、こっちにきて、話そうじゃないか」
 足我さんのお兄さんが、シェイを引きずって、どこかの部屋へ行く。
 足我さんがそれに続く。人間である私に興味なんて、一欠片も無いみたい。人間じゃなくても、興味はなかっただろう。私みたいな、ただの平凡な奴。
 私は、包帯をどうしようかと、後ろをふりかえった。
 すると、其処にはさっきの人じゃなく、なんていうかな、頭部だけ剃った侍のような人が突っ立っていた。侍なんて、本だけでしか見たこと無い。
 サングラスの奥の瞳は、見えない。もしかしたら、可愛い目をしているのかしらね。
 その人は、立っているだけで、私の包帯を持っていなかったので――持っていた従者は横になっている、気絶しているのだろう――、私は包帯をするすると取った。

 ――シェイの言葉が、脳内をリピートする。
 願っても、なれない。
 願わなきゃ、叶わない。
 願っても、どうしようもないことがある。

 気がつけば、目の前に、小さな白いトカゲ。
 ちろちろと舌を出したり引っ込めたりして、私の様子を伺っている。
 私は苦笑して、涙を拭う。
 「ごめん、もうちょっと待って。平気だから、平気になるから」
 ――貴方達と行動するようになった日に、少し思ったの。
 もしかしたら、心、強くなるかもって。だって、本で見た、竜と戦った人とか、竜のことを知ってる人は大抵、強く見えるんだもの。
 でも、実際は、あんまり変わって無くて。
 「私、どうしてこんなに弱いんだろう」
 今更。言葉を飲み込む。考えれば考えるほど、その心の闇は深くなって、抜け出せなくなさそうで、怖かった。怖くて震える。でも、その闇が心地良いような気がして。其処に居ろと誰かの声が今にも聞こえてきそう。
 その時に、声が聞こえた。
 「隣の庭を羨む庭師。最初に与えられた庭の差を、嘆く」
 瞬きすれば、パイロンが其処に。いつもの強気な顔つきな何処へやら、少し目を細め、私の頬を触るか触らないか悩んだ末、手を下ろす。静かな柔らかい声色で、言葉を紡ぐ。
 「弱くない人間など居らぬ。どうやっても、人は人を羨む。自分以外の庭が輝かしく見える。大事なのは、其処ではない。羨んでばかりでは、庭は枯れる。問題はその自分の庭を如何に綺麗にするか、だ。平気になれる奴は居らん。ただ、枯れるのを無視してるだけだ」
 パイロンは扇を私に扇いでから、何か音が聞こえる方向を指さす。
 その方向は、シェイが連れ去られた方向で…シェイが恐らく何かしているのだろう。
 パイロンが強気な顔に戻り、にやりと笑う。人の悪い笑みだ。
 「さぁ、如何に綺麗に魅せる?」
「……現実と戦う」
「……九十点だ、さぁ、行くぞ」
 満足げに頷くと、パイロンは、侍の人にグイと呼びかけて、私を指さす。
 「これが、空の子供を知る人の子だ」
「そうか。初めまして。己の名は、グイだ」
「あ、日野夕子です、宜しく…」
 この人がグイ…。わぁ、腰に刀がある。後で見せて貰いたい。
 ついでにいうと、この人は元はどんな生き物かも見たい。でも流石に今はそんな場合じゃないってことぐらい判るわ?
 私たちは駆け出して、音がする方向に向かう。
 まだこの屋敷が壊れてない辺り、まだ竜になってはいないだろうけれど、何か嫌な予感がする。
 シェイ、と私が叫ぶと、何かが爆発する。
 「屏蔽!」
 パイロンが扇を開き、下から上へ扇ぐと防御壁が出来上がり、爆風と飛び舞う瓦礫から守る。ほ、本物の魔法だ…詠唱無しに、現れた!
 「凄い! どうやって、出したの!?」
「この扇に、魔力が宿って居る。それも無限に。簡単な作りの物なら、詠唱を覚えさせて居るから、呪文無しでも平気なんじゃ、キーとなる言葉を言えば」
「己らには出来ない柔な芸当だ」
「ふん、オレにだって、刀など野蛮なものは扱えぬよ」
 二人とも…あらぬ方向見て睨んでるんだけど…仲が悪いのかな。
 「シェイは? 何処に居る? MASKも」
 グイが顎に手を置き、辺りをきょろきょろとする。
 パイロンは、目だけで捜し、目に頼るのは無理だと思ったのか、目を瞑り、シェイの気配を探ってる…みたいだ。
 「こっちだ」
 流石は監視係、すぐにシェイの気配を辿り、私たちをシェイの居る場所へ案内する。
 シェイは、確かに居た。
 ただし、首輪と足枷の外れた姿で。
 「シェイ! 何故、それを外してる!? それを外せば、お前さんの力が制御出来ねぇじゃねぇか!」
「……」
「……シェイ? どうした? 何があったのか、オレにはまだ把握は出来んのじゃ。お前さんの気配辿って此処へ来てみりゃ、人の子が泣いとった」
“……夕子”
 私を呼んでいる。
私はふらりと歩き出すが、パイロンがすかさず私を捕らえ、シールド内へ収める。
 「シェイが呼んでるのよ!」
「痴れ者! シェイの枷を外した力は、空の子供内一だ! くしゃみ一つで壁に叩きつけられ、死ぬぞ!?」
「日野、少し黙って成り行きを見守ろう」
 グイの提案にそれがいいとパイロンは、頷いて、シールドを張ったまま、別の魔法を唱える。…一度に二つの魔法を発動させるなんて。
 長年魔法に憧れて学生になった身だからこそ、パイロンの魔力の強さがよく判った。その扇の強さも。空の子供ってだけで、こんなに魔力が高いなんて、卑怯な気もする。でもそれだったら、シェイやグイも魔力が高くて、魔法攻撃してもいいのに……。
 ――少しだけ、違和感を感じた。パイロンの存在に。
 「消去??」
「何て言ったの?!」
「ゴミを消せって言ったんじゃ」
 パイロンが魔法が発動する言葉を口にすると、風が巻き起こり、見えなかった景色を見せてくれる。段々とシェイが見えてきた。
 “夕子…夕子、可怕”
「シェイ、大丈夫、大丈夫よ、本当に! 私、もう泣いてないの!」
「……――日野、シェイは怖いと言っている」
「え……怖い? どうして?」
「本人に聞いてみろ」
 なんだか、グイって冷たいなとか思ってしまう。これが本来の空の子供なんだろうか。パイロンのシェイへの対応が、優しく見えてしまう。否実際優しいのだろうけれど。
 「シェイ、どうしたの!?」
 今にも震えていそうな姿が想像出来る声が、脳に直接訴えかけてきた。
 “枷を、アシガサンが取って…蹴ったら…”
「蹴った、蹴ったのか、テメェ。…死んだか」
“…違う、微かに息している。でも、殺せって、ボクの心が騒いでる。騒いでる…? 何で、騒いでる…? 可怕,可怕?”
「……」
 グイを振り返ると、少し用心深く目を凝らしていた。
 それから、パイロンにもっと風を、と要求して、光景を見つめていた。
 煙がなくなり…段々と露わになっていく。
 そこは、血だらけの惨状で、シェイの尻尾がゆらゆらと揺れている。
 竜の影が、人の影になる。人だった影が、竜の影になる。
 シェイはぶうるると鳴いていた。足我さんを捜すと、足我さんはその足下で、お兄さんに抱えられていた。
 「敬、敬! しっかりするんだ、今、回復させるから…!」
作品名:空の子供 作家名:かぎのえ