「レイコの青春」 28~30
「私自身の、内申書のようなものです。
子供たちの日ごろの様子を気付いたままに、記録に書きとめました。
ささいなことばかりを、沢山書きとめました。
特別にこれと言った、意味のあるものはありません。
この子は今日は、少し熱が有るのかしら、とか、
あの子は少し食欲がないみたいだ、とか、
眠りが浅いようだけど、などと、
その時その時の、子供たちから感じたことを
感じたままに、私が書きしるしました。
目に見たものや、感じたことは、その場で書きとめておかないと
時間が過ぎてしまうと、大切なことまで忘れてしまうことが、
よくあります。」
ふうっと、長めの息を吐いた園長先生が、
病室の天井へ目を移してから、ひと呼吸、ふた呼吸、
胸を使って、大きな呼吸を繰り返します。
心配して覗きこんだレイコの顔を、園長先生の優しい眼差しが
見つめ返します。
「大丈夫。癖みたいなもので、何でもありません。
少し、自分の気持ちを落ちつけました。
そのノートの最後に、亡くなってしまった綾乃ちゃんの様子が、
時間の経過と共に、わたしなりに精いっぱいに、
できるかぎり正確に、客観的に書き留めた部分が有ります。
でも・・・やはりどんな風に考えても、私は、保育者としては失格です。
もっと早く、綾乃ちゃんのうつぶせ寝に気が付いていれば
助かった命かもしれません。
実際に、一度目の巡回の時に、私は綾乃ちゃんの
うつぶせ寝の状態を目撃していたと思います。
突然、乳幼児が亡くなる病気の原因として、
うつぶせ寝があるということを、
あの時の私は、まったく理解をしていませんでした。
それ以上に、疲れていましたというのは、ただの言い訳ですが、
あの夜に限っては、私の注意力や、
仕事への執着心も不足していたようです。
気の緩みというものは、おうおうにして事故や怪我のもとになります。
私自身に、気の緩みがあったのかもしれません・・・・
そのことも、ありのままにノートに書きとめておきました。
レイコさん、それをあなたに預けます。
幸子も、まだまだ事後の対応で手いっぱいでしょうし、
美千子さんも痛手から立ち直るまでには、
まだまだ時間もかかると思います。
今の私にできることといえば、こうして、
事実をありのままに書き残すことしか、もうできません。
ごめんなさい、
少し疲れました。
眠ってしまってもいいかしら?」
作品名:「レイコの青春」 28~30 作家名:落合順平