「レイコの青春」 28~30
ゆっくりと閉じられた園長先生の目じりには、
すこし、光るものが見えた様な気が、レイコにはしました。
静かな寝息をたたて、眠りに落ちていった園長先生の胸元へ、
毛布を整えながらレイコが指先で、それを黙ってぬぐいます。
冬が近づいた窓の外では、
今年最初の赤城山からの、激しい吹き下ろしの風が吹き始めました。
街路樹が横になびいて、電線からは「もがりの笛」が聞こえてきます。
刈り入れが済んで、切り株だけとなった水田から
乾いた土が黄色い砂塵となって、風と一緒に風下に向かって流れていきます。
郊外に建てられたこの病院と、遠目に見える市街地との間には、
空っ風が次々と、黄色い土煙のカーテンを巻きあげていきます・・・・
病室では、規則正しい園長先生の寝息が続いています。
レイコの手のひらに乗せられた園長先生のノートから
ひらりと、何かが床へ舞い落ちました。
栞(しおり)のようにも見えましたが、よく見ると
それは、細く切リ抜かれた園児の写真でした。
驚いたレイコが、あわててノートを開きます。
園児一人ひとりの写真が、あちこちのページから出現をしました。
しおり替わりに、園長先生がつくったもののようです。
やがて、にこやかに笑う綾乃ちゃんの写真が見つかりました。
最初のページには、綾乃ちゃんの初登園日の様子が書かれていました。
「お母さんに大切そうに抱かれて、生後3週目で初登園。
美千子さんに似ていて、色白の美人さん!」
と、走り書きがあります。
良く泣く子で、とても元気が良いと、その隣に追書きがありました。
次の日にも、「岸気な泣き声が、私を呼んでいる。」とあります。
「よく泣くし、よくミルクを飲みます。その割には小さい方かしら」と、
クレッションマークもついていました。
日付けを追いながらページをめくっていくと・・・・
最後近くの部分から、『私が一生後悔をしなければならない日』、と
余白に、おおきく書かれたページが出てきました。
そこにはびっしりと、
その当日の綾乃ちゃんの様子が、克明に記録されていました。
二度目のうつぶせ寝が確認された時間からはじまっているそのメモ書きは、
以下、詳細にわたって事実経過だけが、克明に書きこまれていました。
呼吸が止まっていることを察知した時間。
通報してから救急車が来るまでの時間と、それまでの綾乃ちゃんの様子。
救急隊員とのやりとりの様子。その会話の中身のひとつひとつ。
病院までの(長いと感じた)その所要時間・・・・
看護婦さんとのやりとり。医師との会話。美千子さんへの連絡。
そうしたひとつ一つの出来事が、実に克明に、すべてが書き残されています。
「これって・・・」
美千子が夕闇の迫った病室で、静かな寝息を立てている、
園長先生の横顔をあらためて見つめています。
作品名:「レイコの青春」 28~30 作家名:落合順平