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「レイコの青春」 28~30

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 美千子は無言のまま園長先生を招き入れ、
小さな祭壇の前まで案内をします。
あどけない笑顔を見せる綾乃ちゃんの肖像を見つめる園長先生は、
小さな声で、いつまでも語りかけています。
想いを届けきったその後に、美千子の前で居ずまいを正した園長先生が
畳へ届くまで、深々と頭を下げました。
そして、そのまま動きません。


 美千子が園長先生の肩へ手を置きます。
いたわるように抱えて、ようやく立ち上がらせます。
そのまま無言で、玄関先まで園長先生を送って出てきます。
何度も頭を下げる園長先生を、美千子は深く頭を下げたまま見送りました。
レイコは何もできず、ただ横からずっと美千子を支えたままです。



 美千子はあの日以来、レイコにも口をきいてくれません。
取り乱す様子でもなく、ひどく落ち込むこともなく、
日を追うごとに悄然となりながらも、それでも、傍目には
気丈に振るまい続けています。

 綾乃ちゃんをおくるための、ひと通りの葬儀が終わると
美千子の自宅からは、あれほどいた人の気配が完全に消えてしまいました。
人の喧騒が去り、祭壇だけが残された部屋からは、
物音ひとつさえ、まったく聞こえなくなってしまいました。
上の3歳になるお兄ちゃんは、美千子があの日から、
実家へ泊めたままでした。



 居間のソファに腰掛けた美千子が、
ぼんやりと、暮れかけていく窓の外を見上げています。
レイコはその様子を、廊下からそっと覗きこんだだけで、そのまま
静かに立ち去ろうとします。


 「レイコ?」


 ここへきて初めて美千子の声が、レイコを追いかけてきました。

 「来て。」


 美千子は今も喪服のままです。
着替えようともせず、通夜の時から今日の葬儀の終わりまで、
ひときわ細い体を、黒い喪服に包んだままです。
レイコが美千子の近くへ、静かに腰を下ろします。
何も言わずに、美千子がレイコの肩へもたれかかってきました。
レイコも、ためらいながら美千子の肩をだきます。



 「ありがとうね、レイコ。」


 顔をうずめたまま、小さな声でささやきます。
返す言葉が見つからず、レイコは肩にまわした指先へ
かすかに力をこめました。
秋の日暮れは早く、薄黄色い光が満ちてきた部屋の中へは
いつのまにか、夕闇も一緒になって舞い降りてきます。
美千子の白い横顔も、いつしか時間と共に暗い影の中へ沈んでいきます。


 「暗いままで、いい。」

 
 電気をつけようとするレイコの気配を察して、
美千子が否定をします。
闇が深さを増す中で、時間だけが静かに流れていきます。
ふと肩先で揺れた頭越しに、そっと目がしらを
ぬぐう美千子の気配がありました。
何もできないでいるレイコは、再び指先に力をいれるだけです。


 「こころに何だか、ぽっかりと穴があいちゃった・・・
 ありがとうね、レイコ。
 もうすこしだけここに居てくれる。
 明日になったら、きっと私も元気になると思うから。」


 暗闇の中で、しっかりと美千子の肩を抱きながら
ゆっくりと何度も、頷づくことしかできない
レイコでした。