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雪は穢れて

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 迷った挙げ句、この子供には嘘は通じないだろうと思い、素直に狼だ、と名乗った。
 片手しか腕はないので、握手は出来ない。
 真雪は、視線を下に向けて、真雪です、と名乗る。少年、自分は此方だ、此方を見遣れ。
 「あの、“僕”って……男の方なんですか?」
「いや、女だ。しゃべり方は気にするな。自分のことを、僕と言うのは可笑しいか?」
「いえ、別に……! ええと、友人が、前に貴方のこと男って……」
 嗚呼、そういえばそんな会話をしていると抹茶が言っていたなと思い出し、苦笑する。
 それを別の意味に捉えたのか、真雪は慌てて、違うんです! と、何が違うのか判らないが、否定をした。
 「……ええと、以前から、この街で貴方を見かけていて、あ、それで今日も見かけて視線があったのですが、覚えてますか……?」
「いや、すまない、記憶にない」
 嘘だ。だが、こうでも言っておかないと、印象に残りやすくなってしまう。
 顔を覚えていると言うことは、それは無駄なのだが、今の狼には冷静さを欠いていた。
 こういう時、どうすればいいのだろうか、と脳内で必死にシミュレーションをしていた。
 助けて貰ったことなど、初めてなのだ。どう対処して良いのか判らない。
 何を言えばいいのか困っていたところ、通りの道で、抹茶と千鶴が此方を見つめているのを見つけた。よく目を細めると、遠くの方に庵もいる。
 狼は抹茶を睨み付ける。千鶴はそれを不審に思い、抹茶と狼を交互に見遣る。抹茶も、何故だか此方を睨んでいる。
 睨まれる覚えはないのに、何故睨むのだと益々苛々が募る狼は、真雪に営業スマイルを浮かべてから、シミュレーションした結果の行動をした。
 「今度、また会ったら礼をさせてくれ。僕はもう行かなければならない、それではな?」
「え、あ、はい! お気をつけて! 貴方の先に精霊の加護を!」
 お前は幽霊の加護がありすぎるんだよ、と真雪を背後に溜息をつく狼だった。
 狼は暗がりの道から出るなり、三人へ城へばらばらへ戻ろうと、指の合図で指令する。
 各自部隊長に伝えるように、とも付け足したかったが、それは流石に無理だろう。


 「大丈夫ですか!? 御大将!」
 城に入るなりその名を呼ぶので、部隊長の死体で千鶴の頭を殴ってやった狼。
 「此処は、城内ですよ、千鶴様。御大将、って何ですか?」
 表向きは立場は千鶴のが上なのだ。自分は傭兵みたいなもの、千鶴は正当な騎士。それに漸く気づいた千鶴は、あ、と頷いて、何でもない、と重々しく首を振り、呆然と此方を見ている兵士に空いてる部屋は無いかと問う。
 「あ、それなら、いつもの狼様の間が……」
 それは、王と暗殺の依頼に使う部屋のことだろう。そこならば、安心だ、と目線で千鶴に訴え、千鶴は人払いをしてくれと兵士に言ってから、四人はそこへ入る。

 入るなり、千鶴は大丈夫ですか、と繰り返し問おうとしたので、また部隊長の死体を振り回し、千鶴を遠くへ飛ばしてやった。

 「馬鹿者ッ、真雪が此方へ来ないよう手配しろ! 真雪が来る前に助けろッ! 城での立場を考えろ! 別の魔物に詳しい人物を連れてこい!」
「狼様、落ち着いて。まずは、彼の冥福を祈りましょう?」
 そう言って、狼が乱暴に扱った部隊長の死体を庵は、悲しそうに見つめ、死者が天国へ行ける祈り文句を口にする。
 狼と千鶴は部隊長に敬礼し黙祷、それから、椅子に座り込む。
 狼は、深く深く溜息をついて、抹茶を睨む。抹茶も未だに此方を睨んでいる。

 「お前を仲間に入れるんじゃなかったよ」
「御大将……?」
「魔物が、僕らが動いていることに気づいた。相手が真雪だとは知っては居ないようだが、時間の問題だ」
「……抹茶が、知らせたのですか?」
 狼の言葉に庵の視線が鋭くなり、抹茶を咎めるように見遣る。抹茶は、動物にしか見せないような、普段の城内での彼では考えられないほど凶悪的な笑みを浮かべた。
 「知らせてないです」
「嗚呼、お前は知らせていない。だが、お前は動くと、魔物には有名だからすぐばれるんだよ」
「抹茶が魔物に有名ィ?」
 千鶴が今にも剣で斬りつけそうな顔で振り返って抹茶を睨み――敵と認識したのだろう――、抹茶は今度は城内でのいつもの笑顔を振りまく。
 「抹茶、何かする、してないです」
「餡蜜という魔物は、お前を怖がっていたが?」
「餡蜜ですって?!」
 突如大声をあげたのは、魔法使いの庵。庵が知ってるほど有名なのだろう、餡蜜は。強さは、言わずともさっきの力で思い知った。
 そして、その餡蜜が恐れるほどに、……否、他の魔王も恐れるほどに有名な獣人、抹茶。
 目的は何だ、と問うてみる。

 「この国の破滅か、人々の大量殺人か?」
「抹茶、そんなこと、考える、してない。……抹茶、ただ、遊びたかっただけ」
「……その口調も偽物なんじゃないのか?」
「この口調、本物。抹茶、人間言葉、複雑、多くて判らないです」
 その言葉には嘘がないことは、すぐに判ったので信じた。
 だが、他は疑わしい。
 「抹茶、この舞台から降りて貰おう」
「……狼様、それは出来ません」
「……庵?」
「何でだよ、庵ッ! そんな危険な奴、今にも殺すべきだッ!」
 訝しげで、尚かつ責めるような視線を向ける狼。そして、顔を真っ赤に激高する千鶴。
 庵もこの兎を怪しく、そして恐ろしく見ているのは同じだったが、自分の予測を口にする。
 「もう既に抹茶が有名なら、魔物に知れ渡っている。この国に滞在していると。そして、魔物は抹茶を恐れ、この国を攻撃しないが、様子を伺っている……そう、まだ攻撃は出来ないのです、『抹茶が居るから』」
 庵の言いたいことをすぐに察する狼は、頭を抱えてぐしゃぐしゃに髪をかき乱す。
 「……抹茶をこの国から逃がすと、この国が狙われる、か」
「それだけではありません。抹茶が、牽制となっているのです、魔物にとっては。餡蜜が恐れるほど」
「……へたに抜けると、此方が不利、か」
「謀ったな、謀ったな、抹茶!」
 千鶴は振り返り睨み付けているのに、狼は至っていつも通りの視線を、否それ以下の視線を向けてくるのが気に入らない抹茶は、少し口をへの字に結ぶ。
 「謀るぐらいなら、別に構わないがな、動きに注目されるのは厄介なんだ、抹茶」
「でも、抹茶、仲間外れ、出来ないです?」
「……嗚呼ッ、くそ、本当にお前がむかつくよ……ん? 庵? …千鶴?」
 二人の様子が変だ。名前を呼んでも反応しない。
 抹茶の目を見てみると、何か二人に魔法のようなものをかけていた。言葉も発していない、恐らくは、目での魅了技だろう。
 千鶴はともかく、庵にそれが効くなんて。庵は魔法使い、耐性があるはずだ。
 二人は自分を椅子に両端から押さえつけて、狼が動けないようにする。
 狼は抹茶を睨み付ける。
 「何のつもりだ」
「真雪と仲良しです?」
 抹茶の質問の意味が掴めなくて、狼ははぁ? と大きく声に出していた。顔はきっと、睨み付けながらも、片眉はつり上がっているだろう。
 抹茶はそれを見ながら、無表情に、近寄ってきて、狼の真ん前に顔を突き出す。
 「抹茶、ろーくん、嫌いじゃないです」
「僕ァ嫌いだ」
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ