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雪は穢れて

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 狼は喉奥をくつりと震わせてから、気配だけで居場所を特定し、その位置を相手からは見えぬだろうが睨み付ける。
 真雪は本物の狼の殺意を肌で感じると、ぞくりと肌が震えるよりも先に、足が後ろへ一歩下がり、それから震えが来た。
 野良の殺気でもこうはならなかったのに、狼の目がきちんと見えてはいないのに、浴びる殺気と怒気を孕んだ視線が恐ろしくて、肌や脳がざわめく。
 「お前、いい加減にしろ。何がしたいんだよ、お前は」
「御大将、真雪は助けてくれるつもりで此処に……」
「千鶴、黙れ。僕は千鶴の言葉に耳を傾けた。仲間だから。そして千鶴や庵、――まぁオマケで抹茶も入れて良い。その三人の提案での救出ならば、例え何であろうと僕は受け入れるつもりだった。だがな、真雪、お前が加わるのなら、僕はしちゃいけない選り好みをするよ」
「ろーくん、ろーくんこそいい加減に、です。これしか、ないです」
 抹茶が少し怒気を孕んで、鉄格子を蹴り上げる。素足で蹴ったのでダメージが足にじんじんとき、抹茶は飛び跳ねて痛みを堪える。
 小さな蹴った音に狼は苦笑を浮かべて、素足はだからやめろと言ってる、と日頃言ってた言葉をかけてやる。
 その二人を見ると、やはり真雪は心がざわめく。
 でも今はそんな場合ではない。
 「狼さん、俺のことが嫌いなのは別に構いません。ですが、生き残ってください。あの兎ではなく、貴方が死ぬのはあまり面白くない――」
「嫌いなのはお前だろう。僕が生きても死んでも、お前には関係ない。出て行くがいい」
 狼がそう言い放つと真雪は、どうしたものかといった顔で庵を見やるが、庵はため息をついて、抹茶に真雪を外へ連れて行くように頼む。
 真雪はそれに少し反抗心を抱いたが、今の狼は頑固すぎて何も聞こうとしない。
 (でも、これで良かったのかも。素直にあの人が俺の助けを受け入れてたら、多分――いらっとしていたかもしれない)
 複雑な心境の男の子はおいといて、狼は千鶴や庵と大もめをする。
 「御大将、生き延びるためには何でもするのが貴殿の信念でしょうが!」
「あれは頼っちゃいけない。あれは不吉だ、あれに頼るのはあいつだって不本意だろう?! 何処の世界に、親の仇を助ける馬鹿がいる?!」
「あそこに居ますでしょう、狼様ッ!」
「僕は、あれに、生きると言うことがどれほど難しいことか証明しなきゃいけない立場だ! 生きることを否定させたんだから! その僕があいつを頼ってどうするんだ?!」
「――頼らない方法、他にだってあるんですか?」
「あるよ。ただうちの軍の――猫かぶりが力を貸してくれるならな」
「猫じゃなく、兎です」
 かつんかつんと今度は靴を履いて現れた抹茶の足音。
 庵と千鶴は振り返り、抹茶は渋い顔を作り、庵と千鶴に「カウントされたよ、これで三回目の会議」と告げながらも、狼の牢に歩み寄り、思いっきり牢の鉄格子を蹴り飛ばす。
 それは折り曲げられる、とかそういう次元のことの心配はなかったが、いつもより聴覚が敏感になってる狼には大きくて物騒なその音はどんな拷問器具よりも心臓を震わせて、驚かせた。
 「……ろーくん。力が欲しいなら、それ相応の代価、くれです」
「……――代価なんて出さない。お前だって、真雪の手を使わず、僕が生きる方法ならば代価なしでも使いたいんじゃないか?」
「……――自信満々さが、むかつくです。判るです。何が欲しいか、言うです」

 抹茶はため息をついて、これ以上は時間の融通が利きづらくなるだろうと少し苛つく。
 それを悟っていたかのように、狼は口早に己の策を口にする。
 それに驚くのは二人の人間。一人の獣人は、楽しい遊戯を聞いたようににやつく。
 その表情は狼には見えてないが、何となく予測がついていた。

 「そんなに狼が怖いなら、殺してあげてもいいよ。僕は生き延びるけれど」



 約束の時。
 一人が処刑され、何百人もの亡き者が浮かばれる日。
 そこに死霊は集いて、死霊の操り主もそこにて経過を見守る。
 人は、何千、否、万は超えてるかも知れない程の見学者。
 それもそのはず、あの唯一国が認定したと言って良いほどの凄腕暗殺者が処刑されるのだ。
 皆枕を高くして眠りたいのだ。それと、野次馬たちだろう。
 その中に一人交じっているのが、金髪の幽霊の寵児。
 寵児は複雑な思いで、それを眺めやり、復讐は果たされるのかと思えば、何処か虚しい思いが腹の底から膨れあがってくるのを感じる。
 “どうした、真雪。お前の望んでいたことだろう?”
「うん、そうだね。でも今更遅い後悔かな。自分の手で、こういうのはしないと、どうもすっきりしないって判ったんだ――」
 真雪が幽霊に呟くように小さな声量でそう言った時、狼が出てきたのか民衆が騒ぐ。
 背の小さな真雪には狼が見えなかった。
 なので、若干遠くなって見えなくなるが、何処かの店を借りて、そこの二階から眺める。
 それほどまでに見渡しの良い処刑台を作られているのだ。

 だが――。

 “あれが、狼か”
「……――」
 真雪には何とも言えなかった。
 だが、出来れば己の手で復讐したいという気持ちと、生きていて欲しい気持ちで葛藤しているので黙っておくことにした。


 狼は何処か呆けているような目と足取りで、処刑台に行き、首つりの縄をかけられて、首を吊られる――。手足をもがくがやがて、それは静かになったとき、その姿は狼ではなく、本物の獣の「狼」へと変わった。
 皆がざわめきだす。
 (――庵先輩の幻術だ)
 幻術で、狼の姿を見せていて、抹茶の魅了で「代役」を引き出して、きっと今頃狼は千鶴の手で自由なのだろう。
 四人は国から抜け出している、ならば、この国には用はない――。

 “何処へ行く真雪――? すぐに私は国王達に――”
「掴めることのない幻影を手にしに。指名手配しなくてもいいよ。例の話、破棄して良いよ。僕の手で凍死させるから。冬はいつまでも、驚異なんだって思い知らせる」

 何処かで、遠い何処かで本物の獣達の泣き声が聞こえる。
 それは同族を殺されたことからへの泣き声か、それとも獅子色の兎を畏れての声か。
 そのどちらでも、構わない。
 狼が生きているのは確実だと判るのだから。

 あとは、その雪に残った足跡を、春になるまでに辿るだけだ――。
 狩人のように。

 さび色の狼は最早さび色をこれ以上作る気はなさそうだが、それでもサビの匂いは消えない。
 だから獣のように、そのサビを嗅いで辿るだけ――。
 さび色が判らなくなれば、彼女の周りの兎を探せばいい。きっとあれは己と同じく、あのさび色に執着し、さび色にまとわりついているのだろうから――。

 「雪解けで、雪が汚くなるまでに、見つけないとね――」

 そうでなければ、またよどんだ気持ちのまま、貴方に会いそうだから――。



 「これでいいです?」
「これでいいんだ」
 抹茶は遠くからその終劇を見やり、隣の顔面に包帯を巻き付けた男装の者に問いかける。
 彼を守るように、その両隣には元騎士と、世界一でもある魔法使いがついていて。
 獣は保護されながら、口元を震わせて呟いた。
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ