雪は穢れて
真雪もにこりと笑うことはしない。いつもの健気な優しい子はいつの間にか迷子だ。
二人とも真顔で。庵は二人が睨み合ってる隙に、千鶴の方へ戻り現状を少しだけ伺いながら、様子を見る。千鶴もまた、話しながら、真雪の出方を見る。
「……お互い許せないだろうな?」
「ですね。腹を割って話せる気分には、貴方にはどうしてもなれません」
「何、腹を割って話したいと思ってると思った? 何で? 何でこのオレが人様の顔を伺わなくちゃいけないわけ? ――それも、ろーくんを追いつめた相手に」
そこを言われると弱いのか、少し真雪は黙り込んだ。
下手なことを言うよりは黙った方が良いと思ったのだろうけれど、それじゃあ肯定と見なされても仕方ないだろうと、抹茶は心の中で爆笑した。
「何しに来たわけ?」
「……彼女の死に際を、見に」
「……――駄目だよ、会わせない。テメェとろーくんは、会わせない。残り面会数は三回なんだから」
「もう事前に貴方か、騎士様、どちらかは面会済ませてるでしょう? 人数分は足りるじゃないですか」
「さぁどうだろうな? オレが一回、あいつらが二人で一回……」
その言葉に真雪は抹茶を意地の悪い人だと思いながら、ほら足りると言いかけたときだった。抹茶がにやり、と漸くにやついた。
「助けるための打ち合わせに、最後に一回」
「……!? あの人……助かるんですか!?」
その声は、驚いてはいるものの、決して嫌だ! とかそういった部類の驚きではなく、寧ろ喜んでる部類の驚き方だった。感情が素直に出てしまう所は子供らしいな、と千鶴は苦笑しかけた。
「……オレとしちゃあね。裏技使って助けてもいいさ。動物に頼んで一騒動、その間にあいつを連れ攫う、それでもいいさ。そうしたら、テメェは二度と会えないな? いいや、それどころか人里から隔離する。人が来ないところに連れ去って、オレとあいつだけで暮らすよ」
「なっ、抹茶?!」
その言葉には、庵が怒って、声を出した。何かを言おうとする前に、千鶴に止められたので文句は心の中で、言っておき、庵はふてくされながらも、様子を見る。
庵の声に、くすくすと笑いながらも、抹茶は真雪の反応を見やる。
真雪は――……親の仇の野良を見るときよりも、凄んだ目つきをして、抹茶を睨んでいた。
「……そうならないように、王様達に気をつけるよう頼んでみましょう。鼠一匹入らないように……」
「鼠一匹? こんな大きな城で、そんなのが可能だと思ってるの? テメェの名前は溶けた脳みそを意味してるわけ?」
「……ッ! 庵先輩、不愉快です、俺やっぱり……」
「真雪、最後まで聞きなさい。騒動を起こしたのは君だ。その責任は君にもあるんだ」
千鶴の静かで少し厳しくも聞こえるが諭すような声。
真雪は千鶴に後ろめたいことがないのかと問われれば、後ろめたいことだらけで困ってしまう。何せ、本当に関係ないのに巻き込んでしまった人だからだ。
抹茶はともかく、庵は魔法使いという職業なのだから何があってもしょうがない節はあるが、騎士なんて主を守る以外理由はない。
強制的に、本当に無関係なのに巻き込んでしまった人なのだ、千鶴は。
だから、真雪は千鶴に弱い部分がある。……帰りかけた姿勢を正して、抹茶の話を不快ながらも最後まで聞くことにしたようだ。
抹茶はその姿を見て、半目にして、ポケットに手をつっこんで、穏やかに話し掛ける。
「テメェがあいつらに力を貸せば、ろーくんは裏技じゃなく助かる。追われることもなく、普通に誰かと会える。勿論、オレもあいつらも、……テメェも。面会の数なんて、限られずにな」
「……俺の力を、使うの?」
「使いたくなければ使わなければいい。そうすれば、あいつらが恨んで、オレがろーくん攫うだけだ。オレは痛くも痒くもないね! 寧ろ好都合さ。拉致監禁しても正当化出来る理由出来るしな?」
せせら笑うような抹茶の妖笑に、真雪はため息をついて、選択肢が二つあるように見せかけて最初から抹茶は一つしか与えてないのに気づき、もうちょっと精進しなければと思いつつも、抹茶の策を聞く。
それは即ち、力添えをしてもいい、否、完全協力するということだ。
庵と千鶴は互いに顔を見合わせて、大した兎だと恐れ入った。普通はこういう助けを借りるのは、相手の様子を見ながらで相手の条件に合わせなければならないのに、向こうを此方の条件に合わせてしまった。
「……それで、どう力を? 俺は何をすればいいんでしょう?」
「テメェは幽霊の力を操れるんだろう? ただその力でその場にいる全員を押さえつけりゃいいだけだ」
「……公開処刑って、千人は来るって聞きますよ? それに、あのパプリカさんの処刑なんて……何千人と…何千人も!?」
「それだけじゃない、大事なのは、もっとある。一回目の首つりの時、ろーくん操って、ろーくんのミサイル使って、吊られた瞬間、首を括ってる先の縄をぶっ壊す。これで、一回目は終わり。二回目。二回目は……ギロチン、だよな?」
千鶴へ確認すると、千鶴は頷いてそうだと返事をした。
それを言うと、抹茶は、ふぅんと頷いて、今度は庵に声をかける。
「雌、テメェはその日、雪を降らせろ。そして、縄が切れた瞬間、一ミリでも隙間を作るな。縄を氷で繋がせるんだ。誰にも見えないように。それで、ギロチンの刃は少しの間、持つだろう。そして馬鹿雄は、奇跡だ! そう叫べ。周りはそれに同調して騒ぐはずだ。人間なんてあり得ない現象を眼にすると、そう頷くから。誰かの一言を切っ掛けに。その隙にまた真雪、それかろーくんとのコンビ、どっちでもいいが、頭を挟んでいる板を壊して、ろーくんは脱出、その時に処刑人が詰め寄るだろうから、その前にその場にいる処刑人全員を動かすな。最後に、あの幽霊のお偉いさんが現れて、天の助けがあっては処刑出来ない。許してやろうって言わせるんだよ」
にやり、笑う兎獅子の目は、爛々と輝く。その目に負けない強さが、必要だと真雪は痛感した。今、この兎の言葉には、己の保険を解約しろという言葉が出た。
己の保険が消えれば、事の真相を話されるか、今後の脅しネタにされる。
だけど、それを使わねば、狼は助からないのだろうと、真雪はため息をついて、頷いた。
*
ひたり、ひたり、とした足音。
これは間違いなく靴を嫌い城では素肌で居る抹茶の足音だと気づき、狼は不機嫌そうにされど何処か不敵に口の端をつり上げた。
が、次の気配には少し身を固めた。
氷柱のように凍えた足音。それは、――真雪の気配。
「庵、千鶴、どうなっている?」
そこに庵も千鶴も居るだろうと焦る気持ちから聞くと、やはり彼女らは其処にいるようで、狼様、と庵の声が己の耳を優しく撫でた。
庵は作戦を告げて、真雪の手伝いが必要だということを告げると、狼は馬鹿か、と嘲笑う。
「お前、僕が憎いんだろ? 馬鹿か?」
「……――俺自身も、馬鹿だと思います。でもね、思ったんです。今死なれるより、貴方を自分の手で捕らえたときに復讐する方が、楽しそうだなって」
「っは、そいつは結構――中々最悪なこと考えるな」