雪は穢れて
「コヨーテ様、喋らなくて結構です。頬の入れ墨を消すために皮膚を焼いて、痛いのでしょう?」
「――……ああ」
庵の言葉に笑いたい狼だったが、彼女によりそい――その方が不自然に見えないからだ――、狼は肩を貸して貰いながら、ひょこひょこと歩く。
「本物の狼には可哀想なことをしたがね、――これが僕だ。誰を代償にしてでも生き残る本能があるのが、僕なんだよ、抹茶」
「――……やっぱり、汚い人間です。ろーくんらしいです。ろーくんだけは、何の皮も被ってないです。人の皮も、獣の皮も。ろーくんは、ろーくんです」
「これからは被らないと、また捕まるからね。被り方を教えてくれよ――」
「代償は?」
「そうだな、鉛玉一発喰らうか? お前」
狼は、口元だけ不敵に笑みを浮かべ、降り出した雪に道理で寒いわけだと呟く。
雪ははらり、彼女の髪にかかるが、すぐに溶けて消えて、存在は彼女の中ではしなくなる。
ただ、煩わしいだけのものになる――。
獣には、雪は厄介なだけなのだ。
雪が汚れていようと、綺麗だろうと獣の心には冷たさと煩わしさだけが残るだろう――。
それでも雪はつけねらう、獣たちを凍死させようといつでも牙は剥かれている――。
「お守りはもうごめんだよ」
狼はため息をついて、空を見上げる。
ため息をついてから、狼は獅子色の兎に目をやろうとしたが、いつの間にか人混みに紛れ込み消えていたので、彼は人に飼われる者ではないことを思いだし、何事もなかったかのように進み歩く。
「オレこそお守りはごめんだ。お前たちの情報が、あいつのとこに行き届かないようにはするけど、一年の休暇は欲しいし? ゲームもしたいし? ――だから、次に会うときまで無事でいろよ。狼一匹の代償、テメェの命だ。テメェは人間の婿を貰って幸せになれよ――まぁ、真雪以外の婿が見つからなかったら……」
ニィ、笑みは浅く、声は小さく空気に沈み込んでいく。
「テメェの鎖、オレが握ってやるよ――血にまみれた鎖の掃除は面倒だと思うけれど、頑張る。 ――今もこんなにも」
雪は、降り積もり、明日の朝には白銀の世界が出来ているだろう。
だが白銀の世界を見るつもりはない、とうに、王女には別れの挨拶は済ませたのだから。
抹茶は、身を翻して、街を後にする。
「今もこんなにもダイスキだから、応援してる――」
白銀の世界には、誰もいない。
雪が解けるまでに、足跡を幾つ辿らなければならないだろうか、真雪は?
でもきっと最後には一つに収まってる予感が、抹茶にはして、苦笑を浮かべる。
「誰が雪なんかで野垂れ死ぬかよ――太陽はいつだって、昇って溶かしてくれるさァ。太陽が昇るまでは、雪だるまでも作って壊して遊ぶさ」
雪像を壊していた獣が、これから雪像や羊を守り出すのは大層な苦労がいるだろうが、彼女ならば――何とか出来ると、信じて、抹茶は羽衣を身に纏い、姿を消す。
ふわりと、冬の匂いがした。
もう、血の匂いはしない――。
羊毛の匂いも、羊肉の匂いも――。
狼の涙の匂いも――。
雪解けはまだ遠い。