雪は穢れて
「俺は迷惑じゃない!」
『世界中を巻き込んで復讐しようとした人間の何処が? 雪を羨む人もいるけれど、雪と共に暮らしている人にとって、最終的にはただの泥水よ、凶器よ』
「……ッ貴方に、貴方になんか、判るかッ!」
復讐したいという思いと戦った末に、愛を選んだ。その結果、その愛が報われなかった。 死んでしまっている両親になんと詫びればいいのだろう?
真雪は、己のことも知らないで、と怒りに身を任せて、城の周りに幽霊を寄せ付けて、幽霊の暗雲を作り出す。
それを見て、庵が笑ったような気がした。それも、嘲る類の。
『じゃあ貴方も判るの? 狼様が、どんなに辛い思いをして、貴方を守ろうとしていたか。苦悩していたか。除雪作業しかしないタイプの方が、雪像を必死に守ってた苦労なんて』
「そっちが最初だ! 先に、俺の両親を殺さなければ……ッ」
『別に復讐することは悪いとも、雪の全てが悪いとも言ってないわ。ただね、貴方も雪ならば、自分自身の力だけで復讐する、氷柱みたいな勇気を持ちなさいよ。貴方はいろんな人の力を借りて、世界中を巻き込んだ。雪崩じゃない。だから、泥水だって言ってるの。貴方は羨まれる雪なんかじゃない、ただの土と氷が混ざり合った汚い塊よ。降った後の地面の下の雪よ。草や小枝が入り交じっていて、汚くて触れない雪。獣は寒さに弱いわ、近づかないでしょうし、そんな汚い雪には近づかないでしょうね』
「……ッあんな女、どうだっていい! どうせ、もうすぐ死ぬんだ! 復讐は果たされる! 何と貴方が言おうとも、俺の勝ちだ!」
『……じゃあ此方も復讐するわよ? ねぇ、そしたら、貴方と同じ気持ちで同じ行動をし出す者が出てくるのよ? 私に、千鶴。それから、一番怖いのが、兎獅子……』
その言葉に真雪はびくりとした。
そんなこと判っている。覚悟していたはずなのに、実際に言われるとそのプレッシャーは強くて。こんなプレッシャーにいつも、あの獣は耐えていたのだろうか?
真雪は、ぎゅ、と拳を握りしめて、庵へ躊躇いの視線を投げかける。
庵が妖艶に笑ったような気がした。
「真雪くん、復讐に勝ち負けはないわ。それが正しいとも悪いとも言えないでしょう。だけど、どうせ復讐するんだったら、貴方の力だけでしなさいよ」
庵の声が、幽霊越しに真雪に伝わる。
素直に頷けない真雪は背中を向ける。背中を向けても、尚続く庵の言葉。
「それか、その復讐が遂げる瞬間を直に見に来なさい?」
――まさか、そんな言葉を言われるとは思ってなかった真雪は、思わず反射的に外へと向き直り、庵へ大声で、行くと告げていた。
あのさび色を、もう一度、見たかった。
あのさび色が、何を考えているのか、否そんなのどうだっていい。
彼女に会える理由が一つでも出来るなら。
そんなことを考えた自分に気づいて、自分はふぬけで、そして庵の策士ぶりにも苦笑してしまった。
「庵先輩、随分男の扱い巧いですね」
「子供の世話に慣れてるだけよ。いつもパーティじゃ私が保護者だもの」
意地悪な、魔法使いの先輩に、汚れている雪は笑った。
雪は、とてつもなく汚れていて、汚水となるだろう、溶けてしまえば。
汚水になるまでの光景も見苦しいものがあり、特にそれは除雪された後、道の端に置かれる雪なんかを見ていると、雪とはこんなに邪魔でいらないものだっただろうかと思ってしまう。
雪は綺麗ではない。
綺麗だとしても、それは一時だけ。
捲れば、土がついて、より一層この世の汚さを思い知るだけ。
でも、それが自然なのだ。
そこでそれを受け入れることが出来るのなら、雪の美しさを愛でる行為も除雪作業も同じ目で見られる。
雪は雪でしかない。
ただの、自然のものだと。
そして、いずれ汚くなるものだと。儚くもなく、根強くそこに居るのだと。
穢れた雪こそが、真の雪だ。
*
……夜、庵の帰りを待つために、城の外で待っていると、足音が後ろから聞こえた。
千鶴は振り返ると、そこにはぶりっこ仮面をやめた抹茶の姿があった。
頭をぼりぼりとかきながら、千鶴に、こんばんわと声をかける。どんなに素振りが素に見えても、口調だけは敬語などしか人語は通じないのが少し滑稽で、千鶴は噴きだした。
吹き出せば、抹茶は、ため息をついて、酷いですと睨み付けて、千鶴の隣の位置まで来て、壁に寄っかかる。
「……どうした? 泣きすぎて眠れないのか?」
抹茶の目が赤いので茶化してそう言ってみたのだが、何故此処へ来たのかは千鶴は判らない。なので問いかけると、少しの間黙り込んで、仏頂面で抹茶は答える。
「泣く、それだけで解決、できないです。飽きる、です」
「……じゃあ部屋で寝ていればいいのに」
「……――ろーくん、助けたくない、です?」
その言葉に千鶴は、目を見開き、漸く彼本来の性格に戻ったのだと思い、千鶴は助けたいと真剣に頷いた。
それを言うと、抹茶は、千鶴へとまっすぐ向き直り、喋りやすくなるための魅了技をかけていいか問いかける。
相手の了承を取るほど思いやりが出来た抹茶に千鶴は、驚きながらも、頷く。
「よぉ、聞こえるか、馬鹿」
「うっわ、お前、そんな口調悪かったの!?」
「んな上品に話すタマに見えるか? このオレが?」
「いや、見えるようで見えないけど、でも……まぁいい。それで、どういう策なんだ?」
「……当日の処刑方法は?」
「……この国には、二回、二回処刑数があるんだ。それは失敗したときのため。でも、二回とも免れれば無罪になれる。一回目は、首つり。二回目は、ギロチン」
「そこに居るのは誰だ?」
「公開処刑だから、誰でも見られる。居られる」
「場所は?」
「城内の大きな闘技場」
「……処刑人は、今までずっと処刑の勤め、または人殺しをしてきたか?」
「……確か、交代制だった。だが、どの代も必ず人殺しを数回してから、処刑を任されると聞く」
「……ほう、条件はあれにとっちゃ、良いわけだ。なら、一つ聞く。馬鹿雄、お前は例え誰の力を借りても、ろーくんを助けたいか?」
「……悪魔の力を借りてでもだ」
「……と、なると、偽物の悪魔の力を借りようぜ? オレも大概悪魔だが、あいつも悪魔だ。ろーくんは、悪魔に好かれやすいようだ」
「……まさか、お前……?」
そこで、聞こえてきたのは、庵の千鶴を呼ぶ声。後ろには、向日葵色の髪の子を連れてきて。向日葵色の髪の子は、実に堂々と庵の後ろを付いてきた。
千鶴はこみ上げる怒りに任せて怒鳴ろうとしたが、抹茶が、怒鳴るな、と命じた。
「あの悪魔がこの顛末をどう捉えているか、見てやろうじゃないか。オレ達は、大人なんだからよぉ?」
「抹茶……お前、本当、嫌味な奴だなぁ。お前が人語を本格的に使えなくて、安心するよ。王女様も驚くだろう」
「モネちゃんは、判ってくれるさ」
くつ、と笑った後、魅了技をそのままに、真雪へにこりと手を振る抹茶。
視線が抹茶とかち合う、その瞬間、その場が一気に凍り付いたような気がした千鶴だった。
抹茶はへらりと笑うことはしない。いつものぶりっこ愛想は何処かへ消えて捨てた。