雪は穢れて
またしても人語ではない呟きを、抹茶はした。そして、丁度その時に、動物が庭に居るのを見つけて、話しかけた。これも、暇つぶしであり、人生の無駄遣い。の、筈だった。
「何してんだよ、おめーら」
「あ、ジャム様」
「……前に言っただろ、もう名前は抹茶になったから、抹茶ってよべって」
「ちっとも似合わないですね」
「オレもそう思う。ンで、どうしたん?」
「あのですね、鳥の澄子(すみこ)が此処の王様と雌が話してるのを聞いて、その内容が一人の人間を徹底的に守ること、なんですよ。おかしな話だねーって話していたのです。僕らも気をつけなきゃって。その人間攻撃したら、僕らが殺される」
「……へぇ?」
抹茶は眼鏡の奥の瞳を光らせた。そして、口に弧を描く。
先ほど、あの血の臭う雌と会った。あの雌が来るときは、大抵王が何かしら血の臭う話をするときだ。
あの雌は、血から離れられない。血の鎖に繋がれ、刃物で出来た手をしていて、人を傷つけ殺すしかできないのだ。
そういう運命なのだ、と抹茶は思っている。
それなのに、壊すしか出来ない相手に、壊すな、守れだなんて言うなんて……。
(なんて、可哀想)
心ではそう思っているのに、顔は思いっきり頬笑んでいた。思い出し笑いをしているように。
これ以上、王女の傍に居るだけでは何も出来ないし、劇も見られないだろう。
抹茶は、少しだけ考えた後、血の臭う雌、独特の足音を聞きつけ居場所を特定し、其処へ近づいた。
彼女が居たのは、流石は暗がりの者、というべきか、薄暗い階段の下だった。
そこで、溜息をつき、頭を抱え唸って座り込んでいる。
抹茶はそれを見て、爆笑したかった。
だが、笑いを抑えて、笑みを携え、彼女に近寄る。
「ろーくん、元気です?」
「……巣へ帰れ」
此方を見ずに、声が誰の者かも確認せずに投げかける言葉は、なんて酷い。
でも、相手が自分だと判ってそう発した言葉だと思うと、それはそれで嬉しい。
この人間相手にだと、つい甘いところを見せてしまう。それは、自分の本性を見抜いているから、かもしれないが。そうだとしても、化けの皮は剥がせない。抹茶は、首をかくんと傾げてから、てててっと駆け寄った。
「ろーくん、元気、です?」
「……巣へ帰れ、と言っている」
「巣、ないです」
「なら、王女様の元へ行くが良い! それか、森へ行け!」
怒鳴ってから、彼女は漸く抹茶を見た。
怒鳴る所なんて初めて、しかも八つ当たりも初めて見るので、抹茶は心底驚いた。
この人間は、確かに闇の部分が多い。だけど、それを隠すのが上手で、表に出す所など例え自分より下の者への扱いでも、動物相手でも見たことも聞いたこともなかった。
血に塗れている。そしてその自分がどんな存在かも判っている。更に言うと立場も。
普通の人、そして奴隷以下なのだ、暗殺者など。そう、抹茶は思っているし、彼女も少し思っている部分もあるのだろう。
だからこそ余計に彼女は抹茶に闇の部分を、弱みを見せようとなんかしたことなかったし、抹茶も普通に見るだけで影の部分が見えるので満足していた。
(人間らしくも、振る舞えるのか)
抹茶は、少し感心した。純粋に。皮肉でもなく。
抹茶は未だ驚いた顔をしていたのだろう、彼女は居心地悪そうに顔を顰めて、謝りはしなかったが、ただ顔を下に向けて、膝を抱えた。片手で。
彼女は隻腕で、ない方の腕にはミサイルが隠されているらしいと、聞いたことがある。
それを抹茶は少し思い出しながら、彼女に話しかける。
「どうしましたです」
「……――何でもない」
「何かあるです?」
「……――ッ……」
また、怒鳴る声が聞けると思ったのに、彼女は声を出しかけたかと思うと、口を噛みしめ黙り込む。
嗚呼、残念。
「ろーくん、賢いです」
「…………」
「だから、抹茶は教えるです」
「――何を」
「……動物と、抹茶、話せるです」
「……ふぅん」
「……獣人へと、交渉、抹茶できるです」
「……だろうな」
何が言いたい、と言いたげに彼女は苛々を募らせた。それが楽しい抹茶は、にやぁっと笑って見せた。
「ろーくんは汚い人間です?」
「そうだよ」
さらりと肯定する彼女に、満足げに抹茶は頷いた。
「汚い人間、それを隠さないの好きです。賢いろーくん、賢いろーくんは、抹茶を使えます」
「……は?」
「部下にして、獣人へ呼びかけられるです。動物から情報、貰えるです」
「……――」
「抹茶、ろーくんになら、使える、良いです」
「……お前、あの話を……」
立ち聞き、と狼が言う前に、それはしてないと否定しておく抹茶。抹茶は、胡散臭い愛らしいいつもの笑みから、男らしい不敵な笑みに変え、彼女へ詰め寄り、唇へ噛みついた。
別にキスのつもりはない。抹茶はただじゃれつくうちの一つだと思って。
さっきは関節キスで顔を赤くしていた同じ男なのに、本物のキスには抹茶は無頓着だった。
彼女は自分を、女とは思えない力で押しのけて、冷静に何をする、と問いつめる。
その瞳には、怒りではなく、混乱が宿っているのを見て、抹茶はにたりと笑う。
「服従、の証です。抹茶は誰かに仕えると決めたら、その人に噛みつこうと思っているです」
「口じゃなくてもいいじゃないか」
「……絵的にいいかな、と思いますです」
「余計なことぁ、考えないでいい」
はぁ、と溜息をついてみせる彼女に、抹茶は目を半目にして笑う。
彼女は、きっと、きっと。
――きっと、いい手駒になるだろう。
「王に、お前が軍に入れないか訊いてみる」
「有難うです」
「……自分から、こんなガキの面倒係したがるなんて、お前変わってるなぁ」
「王女に媚びへつらうよか、馬鹿な奴の部下のがマシなだけだ」との呟きは、獣人語で。
でも、なんとなくそんな感じの言葉を言ってるのは、上司は勘で判り、苦笑した。
*
「厭よ、私、絶対厭よ、抹茶は私のペットじゃなくて!?」
あれから、軍の調整を整えて、抹茶を軍に加えることを前提に考えて、抹茶に情報部部隊長を任せることにした狼は王へと報告する。
王の隣にいる王女の顔がどんどん女の嫉妬へ歪んでいく姿が滑稽で、跪きながら報告する狼と彼女を交互に抹茶は見遣り、自分も跪きながら、見えないように笑う。
「狼、確かに君に任せたが、抹茶は……」
王女の願いには弱いのか、王は顔を顰めてどうにか出来んのか、と問いかけた。
真っ直ぐに狼は、王女を見てから王を見遣り、彼の力が必要です、と言った。
「抹茶は動物と話せます、動物にもなれます。人では入れない所へ、紛れ込むことも出来るでしょう。我々は少人数で動かねばなりません、悟られないようにするためには。それに人へは心許さない魔物も、動物には許すかもしれません。魔物からの行動の情報を得られるかも知れません」
「魔物なんて切り捨てればいいのだわ!」
王女の醜い一面が明らかになったところ、だから抹茶はにこにこと笑う。だけど、他の人間にとっても、魔物なんて切り捨てればいいと思っているので、人間って醜いなと更ににこにことする抹茶。
狼は、首を振る。横へ。