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雪は穢れて

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 室内は明るく、すぐに王女は抹茶が入るなり、綻んで抹茶へ此処へ来るように手招きした。素直に応じて、抹茶は王女に笑いかけようとしたが、今日は普通の態度をしていたらただ相手を怒らせるだけだろう。抹茶は、笑いかけようとしたすぐその後に、態度を悲しげなものに変える。その変貌っぷりといったら。
 「抹茶……?」
「モネちゃん、ごめんです」
「え?」
「……抹茶、モネちゃん、一番。でも、ろーくん、上司、護るです」
「……?」
「のらくん、ろーくんを狙ってる。抹茶、傍にいないと、危険」
「…………抹茶、抹茶は、狼が好きなのね?」
 好き?
 はて、そんな言葉、判らない。
 いや、意味としては判るけど、それを抹茶は自覚していない。
 なので、結果、素できょとん、としてしまう。

 「好きです?」
「そう、好きだと思わなければ、護りたいなんて、思わないでしょう?」
「…………?」
「だって、抹茶、狼はもう成人していて立派な大人よ? 放っておいても大丈夫、それなのに貴方は護りたいと言う」
「…………好き、……? オレが? 有り得ない」
 抹茶は思わず獣人語を口にするが、顔にしている「仮面」は外れない。きょとんとしたまま、「愛らしい」兎の姿だ。
 王女は、その姿がとても好きだった。でも、もう悟ってしまったのだ。それは、きっと本来の彼の姿ではない。彼の思い人になれなかったのは残念だけど、それならばせめて、彼の本来の姿を目にしたい。
 王女は弱々しい笑みを。
 「抹茶、私には獣人語は判らない。でもね、貴方の心は貴方よりも判っているつもりよ?」
 それは狼への心、だけの話なのだが。抹茶の内心は、計り知れない。それでも、純真な彼の姿も、本来の彼の中にあるのだと思いたかった。
 王女は抹茶を手招き、彼の頭を膝に載せる。そして彼の柔らかな髪の毛を梳いて、彼はその心地よさを感じながらも、好き、という初めての単語にそわそわと居心地の悪さを感じていた。
 「モネちゃん、抹茶、もねちゃ、一番」
「……それなら、狼は放っておけばいいじゃない?」
「…………や」
 素直に眉をよせて困っている様子の抹茶を見て、王女はくすくすと笑い声をたてた。
 そして、嫉妬心を棄てて、本来のあるべき皆へ対する自分の姿を、抹茶に向ける。
 悲しい結果だけど、これも仕方ないかも知れない。一国の王女が、獣人に恋するなどあり得てはいけない。それならば、せめて彼の恋路を、許されない恋路を見守ろう。
 せめて、自分との恋路よりかはきっと叶いやすいだろうから。狼は鈍そうだけれど。
 「抹茶、他の女性と狼、比べてご覧なさい?」
「…………ろーくん、血生臭い雌です。それだけが違うです」
「……じゃあ何故貴方は狼に、執着するの?」
「……だって、面白いから」
「他の子は、面白くないの?」
「ろーくん、一番面白い。だって……」

 ダッテ?

 理由が見つからない。

 脳裏に過ぎるのは、彼女のしかめっ面と、あの日見た可愛い真っ赤な顔。

 思い出すのは、彼女に、二回もしたキス。

 あれは、ただのじゃれあいだ。馴れ合いだ。からかいだ。

 判らない。何だって、あんな雌。ただの血生臭い雌じゃないか。
 ただの、ただの。

 ――脳裏に過ぎるのは、王に総大将を命ぜられ、落ち込んで頭を抱えていた彼女。

 ……孤独に見えた。ただ、一人で強がりで立っていたのが、倒れた気がした。
 今更だが。本当に、今更な話。
 強がりは、強く見えるだけで、本当は弱くて。
 今すぐに、傍に寄り添いたい気分に、猛烈になった。

 ……そこで、気づく。強がり、それは王女も、だ。

 抹茶は、心を弄ぶことの罪悪感を、たった今知る。
 狼が好きかどうかは、判らないけれど。王女の心は、本音を求めている。
 例え、からかうのが面白いからとはいえ、一番、ではない、王女は。
 からかうのが一番なのは……最初から、決まっている。

 「ごめんです」
「……え?」
「本当は、一番、ろーくん、かもです。でも、抹茶、モネちゃん一番言ってます」
「……――うん、それを教えてくれただけで、良かったわ。ねぇ、抹茶、私、約束するわ。狼と抹茶、貴方達に何か起きても、私が後ろ盾するって」
「…………モネちゃん、好きです。友達、なれます?」
 少しだけ起きあがり、下の角度から見上げる抹茶。不安そうなその顔を包むように、王女は暖かな笑みを浮かべて、頷き、頬にキスした。
 そして、それから、いってきなさい、と片頬笑む。
 抹茶は、恐らく初めて本心から見せる笑みを、王女に向けて王女がその笑みに心囚われている間に、室内を飛び出た。

 王女は、どくどくとする心臓を静まらせ、静かに瞳から涙を流す。
 最愛のペットへの、恋愛感情を、この涙ごと棄てるために。



 扉を弾くように開けて、扉にぶっ、とかうめき声が聞こえた。
 ドアにどうやら、狼をぶつけたらしい。
 抹茶は慌ててドアを閉めて、顔面痛みで真っ赤にしている狼をおろおろと気遣う。
 「お前な……ッ、もうちょっと王女様と一緒に居るんだから、上品なもんを覚えろよ……!」
 顔を押さえている。押さえている鼻から流れているのは、鮮麗な血。
 人間や、他の魔物、そして自分に逆らう動物から、自分の手でなくそれが流れるのを見るのは好きだ。だけど、狼から、例え鼻でも血が出ているのは、血の気が引くほど、厭だ。
 彼女が血を流すとしたら、自分のためや、王家のためだけであってほしい。
 「ろ、ろーくんッ」
「……あーっと、上に向くんだっけ?」
「それは逆効果! 四十五度の角度!」
 抹茶はそう言うと、自分の服の袖で、狼の鼻から流れてる血を拭う。早く、早くこの赤いのが見えなくなるといい。
 ……でも、それは叶うことはないんだろう。狼は、暗殺者。何時、血が流れても可笑しくない。現に片腕を失っている。それは仕事上のミスではないが。
 ふと、思いつく。厭なことに。真雪が居るからこそ、今の暗殺業を休めさせられている。
 真雪を殺した後、彼女はどうなるのだろう?
 真雪の全責任をとって、ギロチン行きか? そうなる前に、攫ってしまおう。もし、あの子供を殺したのなら。攫ってしまう時間を、きっと王女は作ってくれるだろう。
 その後は? 何処かに監禁? きっと、狼は、今のままの狼は自分に懐かないし、きっと無理矢理食事を取らせても、吐くだろう。衰弱死と決まっている、先が。
 ……やはり、真雪を殺すわけにはいかないのだ。

 ――血の鎖を、何でオレが断ち切ることが出来ないのだろう?
 ――血の呪い、テメェは受けなくてもいいのに。テメェは普通の人間でもいいのに。
 ――でも、普通の人間だったら、こうして会うことも、好きとか迷うことも無かったのだろう。
 ――不思議だね。ろーくん。オレたち、敵対することで関係保って居るんだよ。
 ――利害一致でしか結ばれない、主従関係。真雪が死ねば、それは終わる。

 「……ろーくん」
「何だよ」
 狼は抹茶に鼻の血を拭われる、奇妙な体験に素でびびりつつも、胡散臭い相手を見遣る。
 すると、相手は胡散臭い顔なんかしていないで、とても、とても綺麗な動物の瞳で自分を見ていて。
 「真雪保護、頑張る」
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ