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雪は穢れて

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 庵は今まで見てきた騎士を思い出しながら、そう呟く。誰もが変にお上品で、男の自分を敬えと言わんばかりだった。騎士という立場を、ただの名前を飾る道具として見ていて、あるいは人を見定めする地位だと思っていて。
 でも、千鶴は、最初に自分を案内してくれたとき、自分に見惚れはしたが、嫌味のない上品さで面接の会場へ案内してくれた。最後に、同僚へするような一礼と敬礼を送って。
 千鶴は優しすぎる、その時に感じて、少し不安になったりもした。
 だけど、軍という名とはいえ、目的が保護なら優しさは必要だ。大将である狼に無いのなら、余計にその補佐となる副将には。
 まぁ、今話してる内容とは関係ないが、そんなことを思い出して、庵はにこりと微笑みかけた。
 「私に剣を扱えと言っても私には無理。私に副将となれと言っても私には無理。千鶴、貴方は可能なの。何故? ……狼様が、その腕を買っていて、その忠誠心を信じているからでしょう。オオカミが牙を剥かないのなら、その言葉は怖がらなくて平気よ。動物は判らないけど、私たちのオオカミは一度内側に入れたら、信じ切ってくれるわ」
「庵だって! 庵だって、忠誠心ならあるし、御大将は腕を買っているからな?! だから、心配するなよ?! 自分を過小評価するな。でないと、あの方は根を詰めるななんて心配はしない方だ! どうでも良くて、でも役に立つ相手は使い捨てタイプだ! 俺ら凄いじゃん、縄張り内じゃん!? 心配されてるよ、愛されてるよ!」
「……――凄い言い方」
 慌ててフォローする千鶴に、庵は破顔して、うん、と頷いた。その顔に見惚れ、また千鶴は顔を赤くするのだ。そして、視線を逸らして、文字なのかただの線なのか判らない資料をちらりと見て、強く頷く。
 「まぁ、お互い頑張って全力で子羊とそれを守る狼を守ろうぜ。あの子羊が居ないと、御大将はまた感情と人を殺すだけの人間に戻る。俺達が二人揃って、あの方が立ってられる。だけどあの方を普通の人間に戻せるのは、俺達じゃなく、あの子供だ」
「……真雪クンは、本当凄いわ。あの子に感謝するわ、私。あの方の下で働ける機会に出会えたし……何より、ただの魔法使いの私には、この軍がなかったら、騎士である貴方とこんな上司について話せる機会は無かったわ」
 嬉しそうに笑う庵を見れば、千鶴も嬉しくて、そうだなと笑って、激しく同意した。
 「ただ、凄くあの方にとっては泥沼な軍になってしまったけれどね?」
「? ……嗚呼、真雪の思いに、抹茶の執着、野良の賭け、か……」
「ねぇ、千鶴、お願いだから、死なないでね。狼様も殺さないように、真雪クンも殺さないように、守って、それでも死なないでね」
 その庵の願いに当たり前だと頷く前に、庵は言葉を続ける。
 「どんなことが起きても、副将の地位から降りないで」
「……は?」
「野良は総大将の地位を狙っている。今は部隊長の地位。それなら次に狙うのは、貴方の地位よ。貴方の地位を奪ってから、それから総大将の地位を狙うわ。何が起きても不思議じゃないの。どんな些細なことでも、大きな事でも、なるべくミスはしないよう気をつけて、今の地位を守って。貴方に何があっても、誰に何があっても……」
 此処で自分に何かあっても、と言えたのなら恋人同士のようだな、と庵は少し乙女心を疼かせて、少し切なくなった。
 だけど、次の千鶴の言葉に、庵はただ顔を真っ赤にするだけだった。
 「それは自信ない! 俺、庵と王女様に何かあったら、絶対取り乱す!」
 自分の扱いが、王女と同じ扱いになったことに喜ぶべきか、自信がないと宣言されたことに怒るべきか、庵は悩んで少し頭を痛ませて、返答に困った。
 少し歪んで複雑な表情の庵に気づくと、千鶴は首を傾げて、何だよ、と問いかけた。

 「とにかく、絶対にその地位を守ってね。……私も、此処を守るから。この地位を」
「……ああ。庵が格下げされたら、俺、誰に相談していいか判らないし。事前の報告。っと、最終会議まであと二時間だ、邪魔してすまなかったな、勉強、頑張ってくれ。だけど、俺からも頼む。根は詰めるなよ」
 そういって、千鶴は立ち上がり、庵に優しい微笑みを向けてから、椅子の物音を立てないように気をつけながら、去っていった。かつこつと少し聞こえる足音が寂しく感じる庵は、気を取り直し、また魔物語の勉強に励んだ。

 それを、遠くから一人の女性が見ていた。
 それは、副将になってからなった千鶴の取り巻きの一人。

*

 いつでも抜き差し出来るよう腰に剣を括らせて、狼は皆が半々来る頃に会議室本部に着いた。
 皆の顔を見ると、何処か様子が、いつもと何かが違っていた。
 (……おかしい)
 そこですぐに席にいる野良の方を視線を向けると、野良は視線に気づかず資料を読んでいて、様子が違うのに気づいているのか気づいていないのかは、あまり判らなかった。
 ただ、その資料は自分たちの用意した資料ではなく、魔物の資料なのか、古ぼけた紙だった。
 今度は今やってきた抹茶を、じっと見てみる。
 抹茶は欠伸をしながら、うつらうつらとしていて、首をくきこきと鳴らしている。
 そして、狼の視線に気づくと、首を傾げながらも、いつもの女性の母性本能をくすぐるらしい――狼には全く判らないが――笑みを向ける。
 それから、辺りをうかがい、邪笑を浮かべる。ということは、この空気の違いに、たった今気づいたというわけだ。
 抹茶がしかけたわけではない。
 庵は一番最初に居たようで、席に大人しく座っていても、未だに魔物の言葉を勉強していた。やはり、苦戦しているらしい。
 千鶴が一番最後にやってきて、会議を始める前に聞いてみようと思ったが、その前に千鶴が席に着くなり、女性の庵じゃない部隊長が御大将、とまるで皆の代表のように声を張り上げる。
 それに戸惑い、狼はそれでもそれを表情に出すことはなく、何だ、と問うてみる。
 確か、この女性は、交流操作部部隊長だったか。
 「お言葉ですが、報告がありましてね、副将が一人の女性に肩入れしていると」
 ……そうきたか、と狼は内心苦笑した。いつかはくる質問だとは思っていたが、今来るとは。
 「女性に肩入れするのは、そりゃ男だからしょうがないだろ。軍に女性や男性が入り交じればそんなことが起こらないわけがない」
「でも! 問題なのはそこじゃないです! 肩入れしている相手が、庵部隊長なのです!」
 だからどうした、素晴らしい事じゃないか、二人はお似合いだ、と狼は内心頬笑んで拍手していた。
 だが、その隊長はどうしてもそれが気に入らないらしく、そしてそれは他の隊長も同じのようで、誰も異論を唱えなかった。
 副将の千鶴は目を見開いてから、狼を見遣り、困惑していた。自覚してなかったんかい、とつっこみをいれたかった狼はこらえて、今度は庵を見遣る。
 庵はただ片眉を吊り上げてその女性を見つめていた。睨んでいるわけではないところが、彼女らしい冷静さというかなんというか。
 「それで? それによって、どんな問題が起きる?」
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ