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雪は穢れて

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「……敵に回したくないけど、彼女の隣に居て良いのは、僕だけだ」
 これらの会話は一切獣人語なので、狼には判らないし、狼はもう興味を失っている。
 野良に目をやることもなく、ただ救護班の者の問いに答えて、手当を受けている。
 「内部分裂は兎色の獅子だけの特技じゃないんだよ?」
 負の感情を見せたまま微笑み、それから手をひらりとふって、野良は救護室を出て行った。
 その背を居なくなるまで見届けると、抹茶は、獣人語で呟く。
 「……同胞、同類大量殺しをそのまま見過ごせるほど、こっちだって甘くねーんだよ。人間より、同族を大事にするんだ、こっちは」
「抹茶? どうかしたか? いい加減離れてくれないか?」
 狼が迷惑そうにそう問いかけると、抹茶は目を潤ませて、甘えてみるが、狼には通じない。救護班の狼の手当をしているものは、可愛いと呟いて悶えているのに。
 こういうところが、面白いのかも、と抹茶は微笑み、内心呟いた。
 「何かないです」
「……抹茶、あのな、……その、言いにくいが」
 狼が何処かばつが悪そうな顔をして、自分から視線をそらしながら自分へ言葉を投げかける。何かを頼もうとしているのは、……普通の人間相手になら勘づいただろうが、狼相手では予想もしなかった。狼は最初に会ったときから警戒心が強かったから。
 「……?」
「冒険中、動物から情報を貰え。今軍が何をしてどんな状況にあるか。……もし、アルテミスが少しでも変な動きをしていたら、……教えてくれ。ただで、とは言わんから」
「……――」
 狼が、自分を頼ってる。
 一気に全身鳥肌が、抹茶を襲う。なんか恐い。恐い。それほど、狼にとって野良という人物は油断ならない人物なのだろう。それと、よほど負けたくないか。そりゃ、抹茶にとってその賭けは厭なものだけれど、まさか自分を頼るなんて。
 疑り深そうな視線を送ると、狼は憮然としたまま溜息をつく。
 「僕だって、お前に頼むのは厭だよ。でも、陛下が直々に命ぜられたのなら、舞台から降ろせないし、彼には能力が備わってるのは事実だ」
「……報酬は、何になるです?」
「そうだな、キャベツ一玉ってのはどうだ」
 自分を完璧動物扱いしている。否、確かに動物だし、キャベツは大好物なのだが。
 狼が思いっきり嫌がることでも、頼んでみようか。
 「……冒険中兎のまま、いいです。一緒寝る、するです」
「……千鶴と庵に止められてるから、もう胸元には入れんぞ」
「抱きかかえるです、枕元で一緒に寝るです」
「……――」
 必死にそれを否定する理由を考えている狼。その顔が見たくて提案したことだ。
 兎は気づいていない。

 その提案も、心から望んでいることに。

*

 沢山の資料が集まった部屋に、庵は居た。千鶴は、ローブの微妙な色合いだけで、庵を数秒で見つけるのを得意としていた。魔法使いが他に十人居たって見つけられる自信もあった。
 何やらぶつぶつと復唱して勉強している。自分には判らない言葉なのか、鳴き声なのか判らない声。凄いな、と内心感心しながら、自分の上司が認めていることを思い出し、頬の筋肉が一瞬緩んだ。だけど、それを少し引き締めながらも顔は笑みを――抹茶のような偽な愛想的な笑みでなく、自然な笑みで――浮かべながら、庵へ声をかけた。
 庵は、ゆっくりと振り返り、自分を呼んだ相手が千鶴だと判ると、朗笑を浮かべた。
 いつも他の者へはただの妖艶さを含ませた笑みなのに、自分に向ける笑みはただの可愛い女の子の笑みで、その笑みを見るだけで千鶴はいつも顔を赤くする。この赤くなってしまう原因は、女性に弱いからだろうか。それとも、相手が……。
 「千鶴?」
 庵が呼びかけても、今度は抹茶のような愛想笑みで誤魔化して、隣の席へ座る。
 庵はその様子に苦笑して、それから狼の野良への反応を聞いてみる。
 千鶴は真剣な顔に戻して、庵の顔をじっと見つめる。
 「お互い、命の危険を心配しなけりゃいけないとさ」
「……やはり、同業者なのね」
「見張れって言ってた。だけど、危険だから、二十分に一回は安否を確認しろとも」
「……あの方がそう言うってことは、あの方にとっても恐い存在なのね」
「うん、多分な。推測も、正論って言うだけ。そこはやっぱり魔物に詳しい……頼りたくないけど、野良に聞かないとな」
「……能力を利用できるだけ利用して、こっちが操られないように気をつけましょう。あの野良っていう男、抹茶並みに厄介かも知れないわ」
「あー、警戒態勢も抹茶扱いだった。それに、その人、御大将に勝ったことあるみたいだ」
「それなら隙を見せたら、一瞬で私たちは死んでしまうわね」
 溜息をつく、庵。自分の力に、今までは自信を持っていたが、それも彼らの前ではこんなにも呆気ないのか、と少し庵は落ち込んでしまった。落ち込んでしまった瞬間、この目の前にある魔物の言語に関する書類をすぐさまどかしたかった。
 だが、そんな庵の様子を悟ったのか、千鶴は庵の頭を軽く叩くようにぽんぽんと撫でた。
 「御大将がさ、根を詰めるなって。それと、有難う、だってさ」
「……――」
「庵はさ、こうしてすぐに危険を察知出来て対処法を導き出すから、凄いな」
 千鶴は真剣な眼差しで、頬笑むことなく、真面目にそう呟いた。
 そして自嘲のつもりではないが、自分には剣だけだと苦笑して、それからまた庵を撫でる。
 「最初、あの人の何が危険なのか、判らなかった。抹茶だって、ただ王女様が気に入ってるいけすかないだけのペットとしてしか見られなかった」
「……千鶴」
「御大将に言ったら、怒られそうだな」
 そう溜息をつくと、庵はくすっと笑ってから、今度は背の高い千鶴には手は届かないので、背中を撫でてあげる。その瞬間に彼の体が固まる。女性に弱すぎる、と庵は内心呟いて、笑った。
 「あの方は、きっと次から観察して、自分の思考で判断すればいい、って言ってくださるわ」
「そうかな。だと、いいけど」
「あの方の言葉が、恐いの?」
 庵の言葉の方が、恐かった。心境をずばり言い当てられて。でも、言い当てられた相手が庵だから、何となく苦笑するだけで、反応を返せた。
 「御大将は、大きいから。凄く。剣士の腕も、この間の会議で見せられた。止めたのになぁ……血の臭いは厭だけれど、やっぱり凄いなって思ったよ。魔法使いの庵は判らないかも知れないし、判るかも知れないけれど、同じ剣を使う者としての目で実際見ると、改めて凄い人だ。だから、もしも今の評価が下がって、期待に添えなかったら厭なんだ」
「……千鶴。私は貴方も凄いと思うわ? 国認定の殺し屋。そう判ったとき誰もが恐れて、私も最初は警戒した。私の実力を見抜いて、部隊長にしてくれるまではね? でも、貴方は彼女のちゃんとした能力が判ると、誰よりも忠実に働いて、誰よりも狼様へ体当たりしていた。物怖じしたり、機嫌伺いなんてしないで。騎士ってプライドが高いって聞くのに。……相手は殺し屋。それでも貴方は、彼女を私と同じで理想の上司と見た」
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ