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雪は穢れて

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 「お前、野良っていう名前、棄てろ」
 それはつまり、一から仕事をやれということで。殺し屋の名声を、最初から作り直せと言うことで。相変わらず手厳しいと心の底で野良は笑い、判った、と頷いた。
 「僕は腕だ」
「えー。亭主権利がいいー」
「それ、抹茶です」
「抹茶、お前は別に賭ける必要ないだろ」
「でも、ろーくん、服従です、抹茶。逆、好き」
「服従させてぇってことか、この野郎」
「そもそも何で賭けるんだよ。それに、コヨーテって何?」
 怒る狼を放って獣人語で野良に問いかけてみると、野良は口の端をつり上げた。
 それから、野良は獣人語を口に乗せて、狼には判らない会話を繰り広げる。狼は二人の会話が判らないので、そろそろ獣人語を庵に習った方がいいのだろうか、とか考えてみる。
 「コヨーテは、狼の本名。ワーミーコヨーテ・パプリカっていうんだよ。幼なじみが折角同じ職業についたんだから、何か勝負したいじゃん? っていう僕の言葉から、賭け事が始まったの」
「幼なじみって何?」
「昔からの友達。幼い頃からの友達だよ。だからね、小さな頃の写真だって持って居るんだよ」
「写真って……あれか、確か絵画みたいに紙が印刷されるっていう……」
「んー、まぁ、そんな感じ。高級品で僕なんかじゃ手出しは出来なかったんだけど、僕の家ってその写真を作る機械を作ってる家系だったから、安易に手に入ったもんさ」
「寄越せ。見せろ」
「見せて自慢するけど、あげない。僕のコレクションだもん。昔のコヨーテはそりゃ男みたいな服装だったけど、今みたいに顔はきつい感じじゃなかったから、そりゃもう可愛いよ」
「逆におめーが女みたいだったりしてな。今も少し女顔だし?」
 抹茶がうすら笑ってそう言うと、少しだけ野良の顔に負の感情が過ぎった。それを見て、にやりとするのはまだ後ででよさそうだ。
 「何を話して居るんだよ」
「ろーくん、のらくん、小さい頃、どんなです?」
「嗚呼、それはね、しょっちゅう近所の悪ガキに泣かされて、女みたいに可愛い顔してたよ」
 にこりと花のようにとまではいかないが、僅かに楽しそうに頬笑む顔は、普段の狼とはギャップがあって、それを野良は見せたくなかった。
 自分の昔の容姿のことを話すときの狼は、それはもう楽しそうで、そんな顔を見る度にお前のが可愛いよ畜生とか言いたくなる野良だが、それは自分のキャラではないし、面倒くさい。
 抹茶は、その笑みを見て、ふぅんと頷くだけだった。まぁ、面白いことには面白いが、特別面白いってわけではない。いまいちな印象だったから、ただ頷くだけだった。
 「どれくらい可愛いです?」
「それはもう、僕の知ってる子供の中じゃダントツだったね」
「その話はやめやめ! で、どうするの。亭主権利、賭ける?」
「僕が賭けるのは残りの腕だ。それでいいだろ? 殺し屋も廃業になる。僕にはマイナスばかりだ。義手だって金かかるし、使いこなすのに時間が掛かる」
「やーだー。廃業されたら、張り合い出来る奴居なくて、つまんないよー」
「……じゃあ賭けるものは無いぞ。嫁だけは絶対に厭だ!」
「えーだって、他に欲しいものは……そうだなぁー。コヨーテが大事そうに抱えている、あの女部隊長なんかは、どう……」
 どうだろう、と言葉にするよりも先に、狼の腕のない、だけどミサイルが入っているという短すぎる片腕が即座に向けられ、距離を詰められる。
 どんな刃物よりも鋭利で、どんな氷よりも冷たいくせに何処か熱くて、どんな娼婦よりも艶めいて見えるこの寒気すら感じる殺意の籠もった目が、とても野良は好きだった。
 弱い彼女も好きだけど、基本的に強い彼女が好きなのだ、自分は、等と冷静に分析しながら、野良は何? と、狼に問いかける。
 「庵部隊長は駄目だ」
「何故?」
「命は勿論、庵部隊長には思い人が居る。そして其れを僕も祝福している」
 つまりはその人たちの関係を崩したくないということだ。狼が大事にしているものを壊し、彼女が絶望に追いやられる姿は酷く美しく見える。それは腕を代償にしたときに、経験したことだ。あの時の悲壮をまた見れるというのだろうか。此処まで大事にしているのなら。
 あの時の狼は、対戦相手の自分を頼るほど酷く弱っていて、滅多に見られない自分への頼り、それをまた味わえるのなら、悪くないと野良は不敵に笑う。
 「……僕の女の子を口説ける確率、覚えてる?」
「そこがまた、むかつくんだ。庵部隊長は駄目だ、彼女を誘惑したり殺したらお前の脳をスプーンでかき混ぜてやる」
「だって、あの子可愛いし、綺麗だしー?」
「だからこそ、幸せになってもらいたい」
「まるで、僕相手じゃ幸せになれない言い方デスネ?」
「庵部隊長を幸せに出来るのは、ただ一人だけだ」
 抹茶は威嚇する狼の腕にしがみついて、狼を慕う彼女を思い出し、その思いは無駄ではなかったのだと感心し、にやついた。
 人間は面白い。こうして、思い思われ、大事なものを増やしていく。
 そしてそれを失ったときの後悔を知っているはずなのに、また学んでいないように増やしていく。
 切り捨てていけばいいのに。きっと、この野良という人物はどんどん切り捨てていくタイプだろう。そのうち狼相手でも、切り捨てるだろう。追いつめられれば。
 それが正解だとは思うのだが、野良に共感するのはなんとなく厭なので、中立でいようかなどと思った。
 「じゃあ、亭主権利しかないよね?」
「……判った。それでいいよ、それでいいさ! ようは負けなきゃいいんだ。僕がこのまま総大将でいりゃいいんだからな! 僕を下ろすには、相当な時間がかかるだろうよ! 一番の右腕は僕を信頼しきっているからな!」
 それはきっと千鶴のことだ、抹茶は気づくと、ふと狼が他人を信頼し始めていることに気づく。心から、信頼していることに。
 弱みが増えちゃったなー、なんて溜息をつく抹茶。本来なら、暗殺者は大事な人など作ってはいけないのに。私的に動いてしまうから。冷静な判断が下せなくなり、ただの機械から人へと戻る。
 「その右腕、本当に信用できるかな?」
 にーっこりと頬笑んでそう言う野良に、狼は憮然とした視線を投げたまま、標準を外す。そのまま外さないで、撃ち殺してしまえばいいのに、と抹茶は密かに笑った。
 そんな抹茶の様子にはもう大分慣れてきたので、狼は気にせず、何となくむかついたのでもう一度野良の金的を蹴り上げて、救護班の者に手当を願う。
 少しの間悶絶してから、野良は別の救護班から沢山の救急手当てのグッズを貰い、礼を言ってから、狼を振り返る。
 そして儚い笑みを浮かべてから、表情を冷たいものに一変させて抹茶を見遣る。抹茶は抹茶でその笑みに一切動じず、ただにこりと笑いかける。
 「またね、ジャム」
「何だ、知ってたの、その名前。精々これじゃなく別の雌おとすの、頑張ってよ。面白そうだから」
「だって、そりゃ職が職だもの。獣人だって僕は殺した。……流石は皆の恐れるジャム様。どんな状況でも楽しむんだね? でも彼女の傍にハエみたいに飛び回っていると、うざいからハエ叩きしちゃうよ?」
「それが出来るのか、おめーに。動物と魔物相手にしてきたなら、この名前の意味、判るだろ?」
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ