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雪は穢れて

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「正論だな。多分魔王達の意志は、こうじゃないのか。自分たちと同じ地位にある者を倒せば、自然と次の狙いは自分たちとなる。その行動が、残酷、なんだろ。他の魔物は、どうでもいいんだ。直接関係ないから」
 その言葉にあんまりだ、と言おうとして、千鶴は狼の何処か、自分を見ているようで自分を見ていない何とも言い難い笑みを見つめ、嗚呼、と唸り、すみませんと、それ以前の言葉を口にする前にそれを考えたことを謝った。
 否、考えるくらいはいいのだろうけれど、口にする相手が、それこそ「残酷」だ。
 (他の、同じ種族がどうでもいい結果の職業だ、殺し屋は。御大将は環境の所為か、それとも自分で選んだのかは知らないが、その職業を選択した。そんな人に、残酷だと文句を言うのは、この人を批難しているのと同じになってしまう)
 千鶴は殺し屋が別に好きではない。正直に言うと、恐い。それが正常だろう。だが、目の前のこの人が何年後かに殺しに来たとしても、自分はきっと昔話をして最後には笑って死ぬだろう。貴方の下で働けて幸せでした、御大将、と最後に彼女へ敬礼して受け入れるのだろう。それとも、その後のこの人を心配するのだろうか、泣きはしないかと。
 殺し屋をやめて此方の職業や冒険者に本格的につくほうが、きっと自分には嬉しいこと。騎士になりたいのなら、義父に相談して養子にして貰い、彼女に修行をさせることも可能だ。もし、同職になったのなら、きっと楽しいし、心強い。
 だけど、この人はそれを言ってもやめることはしないのだろう。苦く笑って、考えておくとだけ言ってすませるだろう。
 暗殺業が一番、自分の腕を生かす職業だから。
 輝けるときだから。
 抹茶の言葉を思い出す。
 血に呪われている。血の鎖で縛られている。
 その意味が、何だか今初めて理解出来たようで、悔しいので、抹茶を睨み付ける。

 ――もし、仮に、その血の鎖を断ちきれるとしたら。

 ――それは、自分でも、庵でもなく。

 ――真雪、なのだろうな。

 真雪保護軍という存在があって、狼は殺して奪う側から、守って生かせる立場に回った。
 真雪という存在は、幽霊にも魔物だけでなく、自分や、きっと同じ目線の庵にとってもこんなに影響力があるのかと、少し戦慄いた。

 (御大将を普通の人間に出来るのは、あの子供だけだろう)

 「……で、庵はどうしている?」
「嗚呼、今度は魔物の言葉を勉強しだしています。野良と魔物の間で何か知らないうちに契約されたりできないように、と。彼女も野良を怪しんでましたね」
「怪しんで正解だが……魔物の言葉って、獣人語より難解だと聞いたぞ?」
 正気か、という驚きの、それでも感心している眼差しの狼を見て、にこりと千鶴は微笑み誇らしげに庵について、話し始める。庵が認められている、もとから判っていたが改めてこう上司が口にすると自分のこと以上に嬉しいのだ、千鶴は。
 「庵はね、御大将の御身の為に一日、否、半日で獣人語を会得したんですよ。だから、魔物の言葉も、きっとすぐに解読するでしょう」
「……あまり無理して根を詰めるな、と言ってくれ。それと……その、なんだ。……――すまない、と」
「御大将ぉー、言葉は正しく、ね? ここは、有難う、ですよ。抹茶、手当したら何処か行けよ」
 不器用な上司だな、と千鶴はふと苦笑したがその言葉は心の中で止めておいた。
 報告が終えたので千鶴は、手をひらりと振って身を引き返す。きっと庵の所へ向かうのだろう。自分の頼み事と、お礼の伝言を携えて。千鶴は庵が認められて嬉しいあまりに、抹茶の危険性を忘れていた。
 狼は片手で頬を掻いた後、まだ自分の腕にしがみついて獣人語で説教している抹茶を見遣る。
 「抹茶、頼むから、人語で喋ってくれ。僕には通じない」
 引きはがすのを既に諦めの体勢に入っている狼。抹茶は狼が少し疲れていることに気づくと、救護室へ早く行こうと、腕を組んだまま引っ張る。
 救護室には見知らぬ人間が居た。だが、その微かに香る血の臭いで判る。これが、言っていた野良という人物なのだろう。
 とりあえず、愛想の笑みを抹茶は浮かべつつ、組んだ腕に力を込めた。
 そこで、狼は、中の人物に気づく。
 中の人物も、狼と抹茶に気づく。抹茶を見遣ったとき、瞳が僅かに光った気がした。
 「兎がオオカミを捕まえてる」
「……この兎、兎じゃねぇよ」
「酷いです。抹茶、兎、獣人」
 驚くような相手の目色を伺う。今のところ、仮面を被っている感じがする。自分と同種なのか。狼はこういう相手を惹き付けやすいようだ。
 相手は仮面を被ったまま、にこりと頬笑んで……抹茶が腕にしがみついているのにも関わらず抱きつこうとした。その前に狼から無表情で蹴りを食らうが。
 丁度金的を蹴られて、野良は悶絶する。
 「何するの、コヨーテ。使いもんにならなくなったら、困るのコヨーテなんだよー?」
「もう二度と僕は使わねぇから、安心しろ」
「そうです、ろーくんに使う、抹茶です」
「エロ兎は黙れ」
 ぎろりと抹茶を睨み付ける狼の様子を見て、野良はくすくすと笑った。その笑みには仮面が外されているのに、抹茶は気づいた。親密というわけではない関係を、この会話で見抜いたのだろう。
 「何、そこの兎クンも片思い? お互い苦労するねぇ? このオオカミは手を出す前から噛みついてくるから痛い痛い」
「お前が構わなければいい話だ。お前ら、馬鹿だろ。他の女の所へ行けよ、そうすりゃ噛みつかねぇよ」
「だって、ろーくん、面白いです」
「ん、兎クンと同意見。それに、長年の片思い、そう簡単に棄てられないよ?」
「棄てろ。婿にも嫁にも僕は、お前の所だけは絶対厭だ」
「抹茶」
「エロ兎は黙ってろ」
「まだ何も言うしてない!」
 長年思い続けた人は、ちょっと余計な動物がくっついていて、厄介な相手の保護者をしているけれど、中身は変わっていないことに安心する野良は、にこにこと言葉を続ける。
 「で、今回、賭けて欲しいの、コヨーテの全部なんだけど。目的は、僕が総大将になれるかどうか」
「どういうことだ」
 狼はいかにもうざい、という顔つきで野良を見遣る。野良はその顔が、密かに好きだったりするので、益々にこにこと笑みを浮かべるだけ。
 そして抹茶はそうしてにこにこと笑みを浮かべる野良が気に食わないで、睨み付けるだけ。
 「今回、コヨーテが負けたら、僕が亭主になる権利、頂戴?」
「……だから、そういう寒気がする賭けはしないって言ってるだろ。前回ので懲りた」
 昔自分を賭けたのだって冗談だったのに、実行したときの恐ろしさと言ったら。
 しかも、凄く巧かったので、翻弄されっぱなしだった。今でもあの恐怖を忘れない。
 狼は顔の筋肉を引きつらせて、野良を睨み付ける。
 「お前は何を賭けるんだ?」
「僕の持ってる昔からのコヨーテ写真コレクション全部」
 野良という男は、写真が好きで、昔から一緒に育ったのもあるが、自分の幼き頃の写真を持っている。そんなのをもたれていたら、身元が割れて本来の仕事に支障が出てくるかも知れないし、何より気持ちが悪い。
 だから、その賭けの代償は、まぁ納得がいく。だが、少し足りない気がした。
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ