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雪は穢れて

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 そういうこと、と口にするのもかったるいので、狼は頭をかきたいのだが堪えて頭をぐらんぐらんと回し、それから、パーティメンバーの詳細を口に。
 「見たところ、戦闘経験はそれなりにあるのだが、今ひとつぱっとしないパーティだ。これまで死線を乗り越えたのは、真雪の力だろう。まぁ、この人数では仕方がないが」
「……他に補い方は?」
「タイミングを合わせて、魔法班に動いて貰う」
 タイミングが全てだ、と念を押しておく。でなければ、自分たち、とまではいかなくても誰かしらが自分を見ているとばれるだろうからだ。
 他に意見は、と問うてみる。今日の会議の成果はこれだけだ。と、いっても、動いていないのにこれだけ情報をかき集めた庵と抹茶の力に、少し狼は戦慄いた。
 細かい確認を幾つかした後、解散を命じ、それぞれ軍の細部にまで伝達するように指示する。
 それから、新しい物理担当者の手配も。それを自分が試験するから、と。
 先ほど殺した者も、一応試験をして通ったのだが、力を過信する者は、もう要らないな、と狼はうっすら思った。
 解散を告げてから、狼は千鶴に残るように命じる。皆は何故だか、言わなくても判っている。

 ――今日が、副将決定日だからだ。

*

 「御大将、はっきり言います。貴殿の右腕になりたくはあるのですが、……自分には情に弱いところがあると思うのです」
 考えに考えて出し抜いた答えだった。
 考えた割りには、何処か情けない言葉だったが、それでも狼はそれを励ましたりはしなかった。
 ただ、自分の思った言葉を伝える。
 「お前と会ったのは、何時だったかな」
「え、あ、数年前かと……」
 突然の問いに千鶴は首を傾げて、それがどうしました、と少し戸惑った。
 戸惑う彼に狼は我関せずといった感じで話を続ける。
 「最初に会ったとき、お前は一番下っ端の騎士だった。異国の出だから、と、舐められていたな」
「……よくご存じで」
 千鶴はそう苦笑する。千鶴は、浅黒い肌が何よりの証拠で、騎士の修行をしたとはいえ、元は庶民の出なのだ。それを理由に辛い風当たりを痛感していた時期だったと思う。その頃は。今では、その誠実な人柄で少し慕われるようになったものの、最初この城に来た頃は小さないびりが続いていた。そもそも騎士というのは、剣の腕だけではなれず、顔の良さと、教養と、「家柄」があるのだ。どうしても騎士になりたかった千鶴は、自分の知ってる貴族達に何回も養子にしてくれと頼み込んで、養子にして貰い、騎士の修業をした。だが、手に入れた家柄を偽物と罵られ、元から持っていた剣の腕も未熟だと言われ続け自信を無くしていた。
 そんなとき、声を王女のモネにかけてもらったのだ。
 優しい声で、柔らかな笑みで。泣きそうになったことを覚えている。王女はもう覚えていないだろうが、あの時のことを自分はハッキリと覚えている。
 それ以来、女性という者に弱くなってしまったのが、情けないところだが。
 “異国のこと、故郷のこと、話したくなる時があったら、話してくださいましね?”
 ……母国のことを懐かしむ気持ちをどうして見破られたか。それは未だに判らないが、それでも確かにそれは嬉しかった。
 少しの回想も、すぐに現実に返り、狼を見遣る。
 狼はタバコを吹かせていた。
 「僕はな、その時のお前の力をよく知っている。騎士は全員暗殺リストにも入っているからな」
 ……自分が、狼の暗殺リストに? 今知ると、ぞっとする事実。皆には内緒だ、と狼はその後で付け足した。
 「だから、今のお前の成長が、目に見えて判るんだ」
「……御、大将」
「剣の素振りも早くなったし、動きも礼儀正しいお坊ちゃんから本能で動くようになった」
 あれほどの腕の主、そして同じ剣士として認められ、これだけ嬉しい褒め言葉があるだろうか。
 狼は、実力に関しては嘘は言わない。それを知っているからこそ余計に嬉しかった。
 「暗殺者に向いてるとは言えないけど……まぁ、言われたくないだろうけど、でもまぁ、うん、お前の腕は僕が保障する。この軍の中で、僕の次に良い剣の使い手だ」
「……ッ有難う御座いますッ」
 感極まり、千鶴は思わず椅子を倒しながら立ち上がり、狼に敬礼をしてしまった。
 狼は、それを見て苦笑して、敬礼はするなと言ってから、行こうか、と立ち上がる。

 千鶴の返答は、聞かずとも判る。

 きっと、自分の下で、誰よりも一番身近な場所で働きたいと申し出るだろう。
 狼は、最初に此処で千鶴と出会ったときのことを思い出す。彼はきっと覚えてないだろう。
 それは確か身長は今よりも彼と差が出ていなかった頃だろうか。
 その時は国認定になりたてだった。そして、部屋で待たされ紅茶を飲んでいたのだ。
 “狼様ですね、初めまして。此方で仕えることになりました、千鶴と申します”
“僕に挨拶せんでもいいだろう”
“……え、あ、その、すみません…。あ、じゃあ僕は行きますね。あ、それと、そこに置いてある紅茶、早く飲んでください。今が美味しい頃合いですから。香りも味も”
 その時に、この男の瞬時にタイミングを見計らう目に、目をつけた。
 タイミングが何より大事、それはきっとこの軍の支えとなろう。そんな男を副将にせず誰を副将とする? あの大臣は慎重すぎて、考えに決断が遅い。遅すぎる。それは大臣としてはいいのだが、現場を動く副将としてはどうかと思うのだ。


 「陛下、何故彼では駄目なのですか。ちゃんとした理由をお聞かせ願いたい」
 狼は無感情に、そして無表情に、そして文句あるのかこら、とオーラで物を言って、王を脅す。
 それを止められる者は居ないのだが、副将候補の千鶴だけがおさめようとあたふたしていた。
 「彼は、若すぎるし、経験が浅いッ」
「若いからこそよく動き、経験が浅いからこそ経験させるのでしょう? これからの国を守る手を、育てられるチャンスですよ?」
「こういうのは経験があった方がいいんじゃよ」
 口を出してきたのは、同じく副将候補の大臣。確かに、彼には戦乱の時代を戦い抜いた記録はある。だが……。
 「確か、その時の戦は負けましたよね? 貴方が司令官で」
 にこりと頬笑む狼は、恐いもの以外の何者でもない。
 大臣は、うっと図星を指摘されると、咳払いをする。
 「例え負けたにせよ、戦の経験があるというのと、ないというのでは全く――」
「今回のは戦ではない上に、目的が奪うのではなく、守るのです」
「……どっちも似たようなもんじゃろう」
「似てたら、僕はこんなに苦労はしねぇよ!」
 狼が怒鳴る。本気でキレているのだ。敬語を失念している。千鶴は触らぬ神に祟り無し、という言葉を思い出していた。あれは、東洋の言葉だったか。
 確かに、奪うだけが目的だったら、こんなに軍などというものを作らなくても、狼一人で事足りただろう。
 一人相手の総大将を暗殺してしまえば、お終いなのだ。
 だが、今回は相手が殺してはいけない存在のうえに、存在も知られてはいけない。
 存在を知られないのは得意だが、それなのに存在を知られた。そのうえ、その相手を保護せねばならない。何と、難しい。奪うより守り抜く方が大事と、先人が言っていたような気がする。
作品名:雪は穢れて 作家名:かぎのえ