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白翁物語 その4(完結)

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杏子は言われるまま3人掛けソファーに座った。もっとも美希が健一にべったりくっついているので、結構座ることが出来る面積は大きかった。
老人の横には美由紀が座った。どうやら指定席のようであった。
「健一君、あらためておめでとう」
「ありがとうございます」
「進学も恋愛も決まって重畳、まあ、この老人からは絵くらいしか差し上げることが出来んが、もらってもらえるかな?」
「喜んで」
白翁は細長い木箱を差し出した。
健一は押戴いた。
「拝見してよろしいでしょうか?」
「もちろん。気に入らなかったら返していただいて結構」
健一は墨で書かれた箱書きを見て小首を傾げたが、中に入れられていた掛け軸をそろそろと開いてみた
「げ」
この下品な声は美希である。
杏子は何だろうと思ってその掛け軸に描かれた絵を覗き込んでみた。
それは、まるで幽霊画であった。
木の下に佇む構図が、である。
絵そのものからは逆に生気が満ち溢れているように感じる。
「先生が描かれた着色画って初めて見ました」
「先生は恥ずかしいから白翁でよい。原画は墨絵で、それは2人が婚約したときにでも差し上げよう」
健一は真っ赤になったが、美希は逆に青ざめていた。
黄色い葉を茂らせた銀杏と、銀杏の落ち葉の上に佇む水色の和服を着た長い髪の少女
「あ、これって美希?」
白翁と健一と美希が同時に頷いた。
美由紀が好奇心の塊になって健一の後ろまでやってきたのは言うまでもない。
「本当だ。これ美希ね、雰囲気なんてそのまんま、でも美希って和服着たっけ?」
「美由紀、今日は健一でさえ口にしないことによく気がつくな」
「あ、美希、なんか悪いこと言った?」
「そうじゃないよ。白翁、これってそういうことか?」
美希はおそらく白翁にしか通じない問いを発した。

美希はじっと俺の目を見ていた。
怒った目ではない。寂しい目だ。
俺は訳がわからずに美希を見ている健一の方へ目をやった。
お前さんには健一君がいるではないか、と
美希は頭を振った。無言でのやり取りもこれが限界であろう。
「次が最後にならなくても、描き続けるよ」

「では」
「うん」
美希のでは、は「最後の作品としてこれから描くのは俺の妻に対する絵か」という確認だ。
気の毒に他の3人は理解不能に陥って、俺と美希とを見比べている。
「今日は健一君を祝う席のはずだぞ、美希ちゃん」
「あ、そうだった、ごめん健一」
「いや、ただ、何を言っているのかが分からなかったので」
「それは健一と2人きりの時にでもゆっくり話すよ。今話すとかえって混乱するからね」
「そうか、この軸は戴いてもいいのかな?」
「私に聞かなくったって、それは白翁からもらったものだろう」
「だって、この絵は美希そのものじゃないか、つまり、その」
「白翁は私達の月下氷人だ。その絵をもらうかどうかは健一が決めるんだよ」
美希がそうやって間接的に結婚するまでは生きていてくれというのがわかった。
他の3人は美希からのプロポーズと受け取ったらしい。
「有難く頂戴致します。一生大事にします」
「きゃー」
きゃーという嬌声を上げたのは美由紀と杏子である。


こんな幸福な喧騒に包まれたのは何年ぶりだろう。
美希と健一はまだ、暖をとるために寄り添っているに過ぎないが、これから訪れる春の陽が2人の心を溶かしていくだろう。
あの2人の少女にしても、例え短くてもよい出会いこそが人生を開いていくことに気が付くことだろう。
健一と腕を組んで帰る美希を見送りながら、一抹の寂しさを覚えたのは確かだ。
しかし、それがいい刺激になったようだ。
絵を描きたくなった。

硯に墨汁を満たし、墨を磨る。
筆を手にする。
目の前にあるのは紙ではない。景色だ。
俺はその景色をそのまま筆によって書き留めるのだ。

満開の山桜だ。
染井吉野ではない。山桜だ。
地面は掃き清められ、箒によって立てられた線が綺麗な縞模様を描いている。
ゆっくりと浅葱色の女性が近づいてくる。
ああ、そうか
どうして浅葱色の着物で美希を描きたくなったのかが分かった。
妻と面影が似ているのだ。
ああ、これは出征前の日だな。
あいつが気を利かせて妹を参道まで寄越してくれたんだったな。
「ごくろうさまでした」
声がはっきりと聞こえる。
「私はあなたが描いてくださったこの景色に満足しております。あなたに残された、若い人たちの仲立ちというお仕事をよくやり遂げなさりました」
「俺に残された仕事はお前に絵を送ることではなかったのか」
「あなたのお気持ちは十分に頂いております。現に今もこのような美しい世界でまためぐり会えました」
「俺はもう行くべきなのか?」
「ええ、いらっしゃって。もう、休んでもいいのですよ」
「そうか、お前には苦労をかけたが」
「いいえ、あなたが描かれる絵にどれ程心が弾んだことでしょう。あなたの描かれたものは全て拝見いたしました。これほどの絵を描かれる方と時間を共にしたことを誇りに思っていますわ」
「あの子達、だいじょうぶかな?」
「あなたのご心配なさっている仲人は山田様のお身内がなさいますわ。山田様も刀とともにあのお嬢さんを見守っておいでです」
「そうか」
差し出された妻の手を取ると、全身が暖かい光に包まれた。





今日は朝10時に駅前で健一と待ち合わせ。

7時に携帯が鳴って、どうしても白翁に何かお返しがしたいから何が言いかそれとなく聞いて欲しい、という電話だった。

白翁は見返りは欲しがらないよ、と答えたが、自分の気持ちの問題だから、何か、ちょっと今醤油を切らしているくらいの情報でもいいから調べて欲しい、と懇願されて白翁の家に来た。
初めてのデートらしいデートなのに、可愛らしい服は何一つ持ってないということに気付き、まぁ、デートついでに健一に見立てさせるのも悪くはないなと思い、多目の小遣いを出張帰りの親父にせがんで、普段と変わらぬあまり色気のない格好で来たのだ。
ちょうどその時、白翁の家から出てきた人がいる。
「あ、駐在さん」
この地域で駐在さんと呼ばれているその警官はちょっと驚いた様子で
「あ、ああ平山さんとこの」

「何かあったの?」
「いや、事件性はないから、今主治医の先生が見てる」
「白翁は病気だったの?」

「ああ、そうだった、君はここへボランティアで来てたんだね」
「うん、気がつかなかった、昨日もあんなに元気そうだったのに」
「では昨日は元気でいらっしゃったんだね」
「どうしたの? 白翁は」
「それは先生から聞いてくれるかな?」

「そもそもなんで、駐在さんがここにいるの?」

「ああ、宅配便の業者から、様子が変だって通報があってね」
「そっか・・・・・・ あ、先生」
「お孫さんですか?」
「いいえ、友人です」
医師は驚いて警官を見た。
「この子は平山さんのお嬢さんで、山崎さんのお世話をしていた者です。山崎さんはお身内はいませんが、この子がそれに準ずるものだと保証します。所見を聞かせていただきますか?」
「死亡推定時刻は昨日の20時ごろ、死因は心臓麻痺ということにしたいのですが」
医師が美希を見て
「もしあなたが病理学解剖を要求なされなければ、暫くはあのままにしておいて差し上げたいのですが」