小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

白翁物語 その4(完結)

INDEX|7ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

「美希、やっと素直に恋愛する気になったのね・・・・・・」



卒業式前日の放課後、美希と健一は頭を抱えていた。
今日の予行はただ「送辞、送辞終わります」「答辞、答辞終わります」でよかったが、明日は本当に言わなければいけない。
健一が答辞を述べるのは、主席卒業だから当然であったが、美希が送辞を述べるというのは皆不可解に感じた。
別に美希は生徒会の役員でもなければ、試験でわざと誤答をしているので主席というわけでもない。ちゃんとまじめに授業を受けて、更には進学のために塾へ行って満点の答案を書く主席は別にいるのだ。だからまさか送辞を述べる役が回ってくるとは思っていなかった。
裏で校長が糸を引いているのが分かっていたので、美希と健一、そして美由紀だけはそう驚かなかったが。
「美希、やっぱり読みながらやるか?」
「白翁が書いてくれた奉書をか? やだな、しわをつけたくない」
「それともアドリブでやる?」
「それがいいね、こんな、歴代のエッセンスを混ぜた文章を読んでも面白くないし」
「代表だって思うと固くなるから、僕と美希だけのつもりでやろう」
「そだね。健一をあなた方と置き換えればいいんだし」
「じゃあさ、予行にはなかったけど送辞を受けるときに僕が美希の前に立つよ」
「あ、いいね、それ」
「一回きりのイベントだから、少々のことは大目に見てもらえるさ」
「うん、自然に派手にやろう」
「あ、おい部長」
ちょうど廊下を通りかかった吹奏楽部2年生の部長を健一は呼び止めた。
部長は右手に持った電子メトロノームをピコピコ鳴らしながらクラスに入ってきた。
「明日の演奏曲をちょっと教えてくれる?」
「はい、卒業生入場で祝典行進曲、国歌斉唱で君が代、卒業式退場で校歌を指示されてます」

「ちょっとそれに定演の曲をプラスしない?」
「お、話せますね。何がいいですか?」

「定演でやった曲は全部OK?」
「3年が抜けてますから音量は貧弱です。でもできます。それ以外でも簡単な曲だったら楽譜さえあれば初見でもやりますよ」

「ありがたい。まずね、この子が前に出て送辞を言い終わるまで、ソルヴェイクの歌をやってくれるか?」
「健一はペールギュントか?」
「男なんてそんなもんだろう。で、答辞が始まったら、美希、何がいい?」
「私はテレマンのアリアがいいけど、定演ではやらないよな・・・・・・」
「えっと、それはたしか楽譜を見た気がする。それなら少人数で出来るから、やってみるよ」
「悪いね」

「こういうセレモニーのためにいるようなもんですからね。テレマンの方は各パートから音のいい奴を選んで、下校してから滝つぼに集まって練習するとして、寝る時間がなくなっても、明日はいい演奏をするから、期待しててください」

「ありがとう」
「ありがとう。頼もしいよ」
部長はメトロノームをピコピコ鳴らしたまま、足早に立ち去った。

「かわったリクエストだね」
「だってさ、健一、アルビノーニのアダージョなんてかけられたら泣いてしまうじゃないか」
「泣いたっていいんだよ。現に今日だって予行なのに泣いてる子がいたろう?」
「やだ。少なくとも健一だけは笑って見送りたいんだ」

在校生が席について吹奏楽部もチューニングが終わり、来賓等が席に着き、卒業式が始まった。
行進曲に迎えられ、卒業生が入場してきたが、美希はまだ頭の中でシミュレーションを繰り返していた。

国歌斉唱も卒業証書授与も校長式辞も来賓祝辞もあっという間に過ぎ去っていった。
「在校生送辞」
司会の声は冷ややかに そのときを告げた。
美希が椅子から立ち上がると視線が集中するのを感じたが、あえてゆっくりとマイクの位置へと進んだ。
美希がマイクの位置につくと同時に健一が立ち上がり、振り向いて
「卒業生起立」とやった。
卒業生は予行にはなかったが、あまりにも自然なため、意識せずに揃って立ち上がった。
美希には同級生の冷たい視線が遮断されただけでもありがたかった。
健一は美希の前まで進むと立ち止まった。
美希の目に映るのは健一の姿だけとなった。
同時に演奏が始まった。

在校生を代表して、送る言葉を述べさせていただきます。
この学校であなた方と出会ってまだ1〜2年
あなた方はもう、ここから進んで行かれるのですね。
出会いは満開の桜が飾ってくれましたが
別れを飾るのは名残の風花です。
一緒に学んで、笑って、競って・・・・・・
この学校で過ごした時間はもう戻ってきません
でも、決してそれは消えません。
あなた方がいたことを、あなた方の笑顔を
決して忘れません。
あなた方が進まれる道は
決して平坦ではないでしょうけれど
あなた方の将来が花で一杯に飾られますように
在校生一同
出来るだけ笑顔でお見送りいたしたいと思います。
今までご指導ありがとうございました
そして、お元気で


美希が送辞を述べ終わると、健一が美希のところへ来て握手をし、背中を軽く押した。それが席に戻りなよと無言で告げているのは感じ取れた。美希はそのまま席に戻って座った。
答辞は式辞・祝辞・送辞に対して返されるので、別に健一のように芝居がかったことをせずともよかった。
美希は健一が握手をしたときに何かを握らせられたのを感じていた。ただ、確認する必要もない物なのでそのままそっとポケットに入れた。
やがて卒業生を退場させるために在校生が2列になって花道を作った。
美希は一番ドアに近いところで皆と同じように拍手で卒業生を見送った。
最後に退出した健一は親しげに美希に目配せをしたが、それだけだった。
来賓や先生方が退出してしまうと、付き合いのある生徒は体育館の外へ出て行ったため、その他の生徒で椅子と紅白幕を片付けることになった。
半分ほどに減った在校生の片付け組の中に美希がいるのを見て、皆首をひねっていた。
美希は別に外へ出て健一に泣き顔を見せたりする必要がなかった。
握手をしたときに手渡されたものがポケットの中に入っている。
誰にも気付かれなかったが、それはボタンだった。
健一は今頃先生方や慕っていた後輩たちに囲まれて忙しいはずだ。そこに彼女なんていたら話したい子でも遠慮して近付けないだろう。
そんな心配りが出来る余裕が美希にはあった。
片付け方を任された生徒たちはうきうきしていた。
今日はこれで授業がないのである。体育館に敷いたマットを片付ける手も、そこにモップをかける足もいきおい速くなった。
今は忙しいせいか、まともに送辞を言ったからか、美希がいるところにはつき物の冷たい視線を感じずに済んでいた。
今日は美由紀もお気に入りの先輩のボタン集めに奔走しているらしく姿が見えなかった。


「平山さーん」
壇上から美希を呼ぶ声がする。
「こっち手伝って」
「はーい」
気軽に答えて階段を使わずに壇上に飛び上がった。
「ずいぶん身が軽いのね」
嫌味でなく、本当に感心したように同級生から言われるのは久しぶりだ。
「何を手伝おうか?」
美希は機嫌よく言った。
普段他の生徒が寄りたがらないのは、別に美紀のほうから避けているわけではないのだ。
「お願いがあるんだけど」
度のきつそうなメガネをかけた子が、遠慮気味にうつむいて