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白翁物語 その4(完結)

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この教師は剣道の有段者だし弱小だった剣道部を県大会まで持っていった実績もある。2対1でというハンデがあるにしても怪我をさせずに軽くいなして生徒の鬱憤を晴らしてやることくらい朝飯前だろう。それで教育委員会にも話が流れないのなら一石二鳥だ。
 体育教師にしても校長の含むところはよく分かっていた。相手はあの女子生徒と、どういうわけか助太刀をするという秀才の坊やだ。かかり稽古のようにして怪我をさせなければよかろうと思っていた。素人だけに地稽古にもなるまいと高をくくっていた。
 観客は校長と美由紀と美鈴であった。校長は武術が好きであったし、美鈴は怪我をした場合に備えて、美由紀はただの見物である。
教師が日本手拭を巻き、胴までつけたところに2人が入ってきた。皆が意外に思ったのは胴着や体操服でなく、制服のままであったからである。ただ、二人とも鉢金を巻いていた。
二人は道場に入ると剣道部の演武用に置いてある木刀を手にした。
健一は2本を掴み、1本を教師の竹刀の隣にそっと置いた。
「これでお願いします」
とだけいうと2人は道場の中央で正座をした。面をつけ終わるまで待とうというのである。
木刀はただのこけおどしだろうが、下手に打ち込むと相手が大怪我をするどころではすまない。
教師は防具を全部外した。相手は鉢金を巻いているといっても防具をつけてはいないのである。自分の面子が許さなかった。
教師は木刀を握ると2人の前へ来て礼をした。
二人は座礼で返した。教師はおや? と思ったが通常の剣道の試合をするように蹲踞をした。
当然2人とも蹲踞をするだろうと思っていたが、美希は立ち上がると教師の左前に、健一は右前に付いた。
つられて立ち上がると美希は右手を木刀をかけ、健一は抜いて臍眼に構えた。
どうしたことだ? 教師は混乱した。
まず、健一は足は授業で教えたとおりだが、授業では正眼に構えるように教えているのに切っ先が低く、刃を寝かせ、すさまじい気をはらんでいる。これは突きに行くぞと宣言しているのに等しい。
分からないのが美希だ。まだこちらが抜いていないのだから先に抜けば有利なのに、あえて抜き打ちを狙っている。足ときたらべた足で、何の気も感じない、まったくの素人だろう。
この瞬間、教師は健一の剣を叩き落してから振り向いて美希の斬撃に対処すれば十分だと計算して健一に正対して木刀を抜いて構えた。
「それまで」
校長の大声が響いた。
教師はこれから始まるって時に何を、と振り返ってぎょっとした。
目の前に美希の切っ先がある。つまりは声をかけられなかったら後頭部をしたたかに打たれていたことになる。
「何故だ?」
訳が分からなかった。背後に気は感じなかったし、自分が抜くまでの間に斬撃の態勢に入っているなどありえないことだった。
二人は校長に礼をすると木刀を元の位置に戻し、道場を出た。
美由紀があわてて後を追ったのはいうまでもない。
「けがはなかったかね?」
いかにも面白そうに校長が訊いた。
「君もいい教訓を得ただろう」
「どうなってるんです?一体」
「あら」
美鈴が不思議そうに言った。
「去年あの子があなたのスイカを切ったときとまったく同じ動きだったでしょう?それとも見ておいででなくて?」
「まあ、あの子の気も晴れたようだしよかったな。あれくらいの小細工に君ほどの段持ちが引っかかるとはね。しかし、1対1だったらどうだったのか興味はあるな」
「あの子も引っかかってくれるから余裕を持って動けたんじゃありません? そうでなかったら寸止めなんて出来ませんよ」
「それもそうだな」
校長と美鈴は楽しそうだったが、体育教師にしてみれば面白くもなんともなかった。
「剣道もやったこともない女子に負けるとは・・・・・・」
「ああ、そのことなら気に病むことはないよ。剣道は知らないだろうが、剣術は知っているようだったからな」
「はあ?」
「多分、入れ知恵されたんだろうが、男子の動きをどう読んだ?」
「まっすぐ突きに来るでしょう」
「その先は?」
「私が剣を打ち落としますから、それで終わりです」
「そこが勝負の差だな」
「違いますか?」
「男子の方は最初から剣を捨てて組み討ちを狙っていたのが分からなかったかね」
「まさか、剣道に・・・・・・」
「剣術だと最初から言っているだろう。まあ、君も一度初心に帰ることだな」

剣道部の練習はこの日を境にきつくなった。
試合前をのぞいて通常は主将に練習を任せていたのが、毎日顔を出すようになったからである。
誰ともなく、今年は剣道部は全国を狙っているんじゃないかと言い出すようになった。
本当の理由は、当人しか知らない。

「で、美希ちゃんは剣道部の顧問に勝ったのを自慢に来たのか、それとも健一君を見せびらかすために来たのかな?」

「両方だ」
山崎家のソファーには美希と健一が隣合って座っている。
美由紀が紅茶をそれぞれの場所に置くと白翁の隣に陣取った。
「こんなに度胸の据わった奴だとは思わなかった」
肩をぽんぽん叩かれた健一はそれだけで真っ赤だ。
「あれなら健一、差しでも勝てたぞ」
「それは美希の方だろう。あんな小細工なんて必要なかったじゃないか」
「それは違うぞ。私はもう怒ってなかったからな、相手に怪我をさせないためには健一の方に向かせる必要があったんだ」
「もしひっかからなかったら?」
「その仮定は無意味だね。あれだけの気を浴びせられれば私だって幻惑する」
「それでも、もし美希の方に向いていたら?」
「相手が抜いたところを跳ね上げて、真っ向から切り下げる。ただ、間合いに入ったあと、手加減が出来ない」
「あれで手加減してた?」
「のんびり動いたつもりだよ。健一の気合に押されて私が間合いに入ったのも気がついてなかったからね」
「美希ちゃんは健一君に何をさせたんだい?」
「うん、それはね、白翁、もし相手が中段に構えて刃を寝かせたらどう思う」
「次の瞬間に突きが来るな」
「で、必要以上の殺気を感じたら?」
「それは、外された場合には間合いを切らずに刀を捨てて組み討ちに来るって事だな」
「組み討ちって?」
健一が訊いた。
「それはな、健一君。相手に飛びついて足払いを喰わせて倒して脇差しか右の短刀で相手の首を切るって事だよ」
「げ」
「なんだ? そんなつもりもなくてあんな殺気を出せたのか?」
「殺気? 僕はただ夢中で美希を守ろうと思ってただけだよ」
「白翁、いい男だろう?」
「ああ、美希ちゃんが自慢に来るのもよく分かる。健一君、君には間違いなく侍の血が流れているよ」
「家系を調べたことはありませんが・・・」
「そういう意味ではないよ。健一君にはよき日本男児の血が流れているということだ。小隊長殿も味なことをされるな」
「健一、白翁が折り紙をつけてくれたよ」
「何だ? 美希は折り紙と箱書きは信用しないんだろう」
「誰が書いたかわからない折り紙なんか信用するわけないじゃないか。でも、健一は違うぞ。私は健一を気に入っているし、私の信用する目利きが太鼓判を押したんだ。この折り紙は私にとってかけがえのない折り紙だ」
「美由紀さん、どうやら今日はこの二人、我々の前でのろけるために来たというわけらしいな・・・・・・」