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白翁物語 その4(完結)

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「いや、怒ってはいないよ。私自身好きとかそういう感情がよくわからない」
「と言うことは、相手のことは何とも思っていないと?」
「気に入ってはいる。結構気を使ってくれるからね。人間的に好ましいと思うけれど、まだ相手のことがよく分からない」
「相手のことをもっと知りたいか?」
「知りたい。白翁が何故白翁であるのかを知ろうと思ったときのように、健一が何故私を好きなのかが知りたい」
「美希ちゃんはここに来るときに毎回理由を考えて、納得してからくるのかい?」
「いや、来たいから来る」
「その健一君とても同じことよ。図書館で美希ちゃんに会った。何回か会っているうちに美希ちゃんに惹かれている自分に気がついた。告白したくてもそこは図書館だし、かといって他の場所では告白する理由がない。そこに短刀の話が舞い込んでやっと段取りがついて告白までは何とかいった。しかし、それ以上の進展を想定していなかったので、どうしたらいいかわからなかった。というところか?」
「それで固まっちゃったのか?」
「葛藤だろうな。理性と本能の。で、本人が一番気にしていたことは美希ちゃんを傷つけないことだ」
「うん。電車の中でも庇ってくれたよ」

「それで、美希ちゃんに手を握られたときに寝たことにしたんだろうな」
「寝たことに?」
「寝られるわけがないだろう。そんな状態で。で、朝方になってうつらうつらと寝てしまったところに美希ちゃんが起きた、とこんなところじゃないか?」
「ってことはずっと寝顔を見られてたのか・・・」
「本人はそれどころじゃなかっただろうな、気の毒に」
「私に触れると傷つくと思っていたのか?」
「それもあるだろうし、怖れもあるだろうな。赤線がなくなってからというもの、筆おろしをしてもらうなんて習慣が廃れたからね。多分、本能のままに行動して傷つけてしまうのが怖かったんだろうな」
「私に武術の心得があるって言っておいた方がよかったかな?」
「いや、それは言わんほうがいい。女性はか弱いと思いたい男心ってのを理解してやってくれ。好きだからこそ言葉に出来ないこともあるし、行動に出せないこともある。若いうちは特にそうだ」
「白翁もその手のようだな」
「わかるかね?」
「白翁の絵、初めて見たけど、心を込めるってああいうのなんだな」
「若い頃のだから、随分とあらが目立っただろう」
「絵の事はよく分からないよ。ただ、白翁の相手を大切に思う気持ちに包まれた」
「そこまで見えていて彼の心の方は見えないか?」
「白翁のことは少し理解できるようになってきた。しかし、健一は未知の領域だ。踏み込むかどうか迷っているのかもしれない」
「大いに踏み込むべきだろうな」
「何故?」
「恋をすることを躊躇っているほど人生は長くない」
「躊躇っているのは私のほうか?」
「躊躇いでないのなら迷いだ。沢田先生、愛とは一体なんなんでしょうな」
「生きるための無意識下の強力な意志でしょう」
「いや、べつに俺は先生にショーペンハウアーの講義をしてもらいたいんじゃない。今、美希ちゃんは健一君の愛情を感じてそれに愛をもって返すべきかどうかを悩んでいるんだろう。この不器用な二人にとって愛とは一体なんなんでしょうな」
「先ほどからの会話から考えますと二人のほかにあなたも噛んでいるように感じますが」
「誤解をなさらないで下さい、先生、俺はマルケ王ではない。美希ちゃんと健一君は大いに恋愛をすべきだと考える。ただ、美希ちゃんの方はそういう感情で男を見たことがなかったから戸惑っているのではないか?」
「白翁、恋愛というのはいいものなのか?」
「いいものだ。それは保証する。実る恋も、実らぬ恋もあるが、どのような物であっても心の肥やしになる。そこに種をまけば芸術というものが生まれる。芸術は理論ではない。南国の島の者に春を喜ぶ歌が作れるかね?」
「厳しい寒さと厚く垂れこめた雲と、常緑樹以外は白黒の世界になってしまうのを経験すれば作れるな」
「今 美紀ちゃんが言ったものが理論というものだ。春を喜ぶ人たちにはそんなことを説明しなくても分かっている。南の島の人に春の喜びを分けようと凍えるような 地吹雪を説明したって頭ではわかっても理解は出来ない。体験していないからだ。音楽を聴いたことがないのに解説書を読んで知ったようなつもりになるのと似ているな」
「もし恋愛することが出来れば、あの絵のようなのをかけるのか」
「美紀ちゃんが絵を描くとすればね。自分に一番あった表現をするのがいい。心から楽しいと感じることだよ」


翌日、美希は健一をクラスに訪ねた。
勿論先日訪問を受けた返礼のつもりもある。
健一のところに下級生の女子が来ることはよくあるらしく、誰も美希に注目するものはいなかった。
ただ一人、健一が驚いて立ち上がったくらいなものである。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。付き合っているんだろう? 私たちは」
「いや、まさか教室まで来てくれるとは思わなかったから」
「昨日、考えたんだ」
「ん?」
「思えば色々苦労しているものな、健一は。たかが私に会うためにあれだけのお膳立てをして」
「あ、あれは」
「変な噂は消しておいた。健一が私を大切に思ってくれているのはよく分かったよ。ところで健一、剣は使えるか?」
「剣はって、授業で剣道を2時間くらいやっただけだよ」
「もし、私が危なくなったら助けてくれるか?」
「あたりまえだよ。刃物を持つ相手じゃ何が出来るかわからないけれど、美希、何か事件に巻き込まれたのか?」
「事件じゃないよ。校長先生にお願いして健一の卒業前に紅白試合をやらせてもらうことにした。ついては助太刀をお願いしたい」
「紅白試合?」
「そう、面白そうだろう。剣術の1本勝負で、健一には私側についてもらいたいんだ」
「相手は?」
「剣道部の顧問」
「うわ」
「気が進まないんだったら別にいいよ」
「いや、美希と一緒に戦う。美希となら負けても悔いはない」
「そんな弱気では困る。勝てるよ。最初からこちらのほうが上だ」
「美希は剣道を?」
「やったこともないよ剣道はね。ただ、これは剣道の試合じゃないから、相手が剣道の達人だとしても関係がない」
「どういうこと?」
「壁に耳ありだからここでは言えない。ただ、作戦は練りたいから一緒に下校してもらえるか?」
「つまり美希は、一緒に帰ろうといいに来たわけか」
「その通り」
「いいよ。僕が美希のクラスに行った方がいいね」
「うん、呑み込みが早くて助かる。あと、周りに人がいなくなるまでべたべたするから適当にあしらってもらえるか?」
「そういう相談なら大歓迎だ」
「あと、健一は嫌だろうけど、ギャラリーに寄りたい。借りるものがあるんだ、ちょっと無粋なものをね」
「個人的ないさかいがあるわけじゃないから、付き合うよ」
「感謝する、じゃっ」
美希は足早に健一から離れたが、楽しみが加わったためか、鼓動が早くなっているのを感じた。

 水曜日の第1時限目、つまりはどこのクラスも体育の授業はなく、生徒の目を気にしなくて大丈夫な時間にその「試合」は行われた。
校長は嬉々としていた。すべてを水に流すかわりにこの教師のもっとも得意とする分野で1本勝負がしたいというのだ。