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白翁物語 その4(完結)

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校長は喜んだ。生徒の心情を把握できるといった顔をしている。どうやら根っからの善人のようだ。
美鈴は美希のほうを、こいつめ、といったニュアンスでちらりと見た。冷静になってみなければ気付かない高等戦術を使ったのだ。
「うん、まぁ、そういうことであれば一緒に聞かせてもらうが、電話が来たら中座するけれど悪く思わないでくれ」
別に異存はなかった。美鈴はカウンセリングの必要性をアピールしたかっただけだし、美希は噂がどう変質して拡大してもトップが知っていればもみ消すのはたやすいので引き入れたにすぎない。
その計算を見抜けずにいる美由紀は気が気でなかったが、別に自分が話すわけではないし、二人が異様に冷静なので黙って美希の隣に座った。
美鈴と美希が向かい合い、校長は美希の左側に直角になって、美由紀は美希の右隣にといった格好になった。

美希はまずこの場の主導権をとることを考えた。
昨年の夏の討ち入りの一件を話すと、校長ははっきりと見て取れるくらいに顔色を変えていた。
「だから、体育のある日には学校に来れないんです」
「そ、そんなことがあったのか」
校長はつい、口を挟んでしまった。

「校長先生が体育の先生を支持するかわりに私のさぼるのも公認されているのだと思っていましたが」
「私はセクハラを認めるようなことはしない。この件については保留しておいてくれ。ちょっと教頭のところへ行ってくる。
ああ、心配しなくてもいい。噂に聞いたということで聞いてくるから。あとはだな、私が帰るまで、ゆっくりこの部屋を使っていてくれ」
校長は立ち上がると足早に部屋を出て扉を閉めた。
「ずいぶんな綱渡りをするね。君は」
「事実ですから。もし、それで私のほうに処分がきたってかまわないんですよ。それより先生」
「何?」

「私がボランティアで山崎家へ行っていることはご存知ですよね」
「勿論知ってるよ。あのおじいさん、偏屈で有名なのに、よく入り込めたね」
「私も同じ方向で偏屈ですから」
「同じ方向?」
「友人ですから、これからあのおじいさんを白翁といいますが、白翁は武士です」
「絵を描いていたと聞いているよ」
「絵画も茶も刀剣も、同じでしょう」
「難しいことを言うね」
「それは本題ではないので、実はその白翁の小隊長が先日お亡くなりになった山田家のご隠居なんです」
「ご隠居がなくなったのまでは知らなかった」

「実はその山田さんともちょっとした縁がありまして、なくなる際に私に短刀をお譲りになったのです」
「ほう、短刀をねぇ」
「私の守り刀になってくださるようなのですが、私も山田さんの縁のある者の守り刀になるように押し付けられちゃったんです」
「何? どういうことだい」
「米倉健一をご存知ですよね」
「ああ、あの大学から是非にとお呼びが掛かったというぼっちゃんかい」
「私はどうやら健一の守り刀になってしまったようなのです」
「守り刀って、もう数日で卒業じゃないか」
「物理的な力を持つ刀じゃないんです。お分かりですか?」
「あー、それって、あのぼっちゃんの女になるってことかい」

「先生もなかなか言いますね」
「ちがっていたかい?」
「大筋ではそうなんです。でも、それですめば別に先生と美由紀をこんなところへ誘ったりしません」
美希はふぅっとため息をついた。
美鈴と美由紀の頭の上には「?」が山のようについている。

「美由紀に聞くけど、好きって、一体どういう感情だ?」
「はぁ?」
「別にふざけているわけじゃない。どういう状態になったら相手を好きになったといえるのかが聞きたい」

「そんなの、美希の心の問題でしょ? ああ、いいなぁっておもえば、それは好きなんじゃないの?」
「なんだ、そんなことか。用は物に対する執着と同じように考えていいんだな」
「おいおい」
美鈴が割って入った。
「人を玩具のように扱うんじゃないよ」
「先生にはわかります?」
「要は一緒にいたいかどうかって話じゃないのか? 一緒になって幸せになりたい。そういう感情だろう」

「そういう意味だったのかなぁ」
「まぁ、話してごらん」
「今回の土日に健一の実家いったんです」
「米倉君の実家で一晩過ごしたんだね」
「つまりはそういうことですが、健一のお姉さんがわざわざ一部屋をあてがってくれたんです。あれだけ人がいれば雑魚寝状態なのに・・・」
「大勢いたわけだ」
「親戚ご一同様の中で寝ろと言われるよりはよかったんですが」
「うん」
「4畳半の部屋一つ、ただしふとんは一組しかないからね、という状態です」
「なるほど、それで?」
「夕食後、親戚の皆さんは酒盛りやってたので、健一が風呂に入って、私はお姉さんが寝巻きを貸してくれたので次に入って、1時間くらい髪を乾かしてから部屋に戻ったんです」
「うん、風呂から出て部屋に戻ったんだね」
「そうしたら、健一が寝てりゃいいのにぼけっと立ってるんです」
「ほう、彼は立っていたかい」
「何してるのさって言ったら、好きな子と同じ部屋で冷静に寝られる自信がないって言うんです。」
「あはは、そうだろうね」
「寝るのに冷静も何もないだろうと、とにかく布団に寝かせて電気を消して、私もふとんに入ったんです」
「逆だねぇ、それは」
「まったく、世話の焼ける、と思いながら、寒かったらもっとくっついても気にしないぞって言ったら、本当に君は僕のことが好きなのかといわれた」
「へえ?」
「好きかどうかはわからないが気に入っているといったはずだ。ただ、これからぐっすりと寝ようとしてるのにばかなことを考えなさんなって釘は刺したがね」
「君こそよく平気で男子と眠れたね」
「ああ、私は親父から柔術と剣術を習ってかじっているから、健一が生理的欲求に負けて襲ってくるくらいならがまんしてやるが、胸がないなんていったら関節技をきめてやろうと思っていたからね」
「関節技をきめたかい?」
「きめるも何も、そのまま固まっちゃったみたいだね。おかげで私のほうは熟睡できた。起きるのは私のほうがずっと早かったから、着替えも見られずにすんだしね」
「彼は結局どうしたんだ?」
「どうしたらいいか困っているようだから、とりあえず私のほうから近づいたら、手に触れたから、握ってやったら、おとなしく寝てしまったよ」
「なんだぁ」
「なんだぁ、はないだろう、美由紀。それともうわさ通り妊娠していて欲しかったのか?」
「半分は期待してたんだけどなぁ」
「用心のために白翁に習った突撃一番を持っていたから心配はしていなかったけどね」
「なんだそりゃ?」
「ああ、ゴムのことですよ、先生」
「君はずいぶん込み入ったことまであのおじいさんと話してるんだなぁ」
「で、男の気持ちってのが理解できないので、先生に聞いてみたかったんですが」
「それなら、君のおじいさんのほうが適役だよ」


もののはずみ というもので3人の「美」人の訪問を受けた。
「というわけで、なんだかよく分からないんで、説明してくれないか?」
「美希ちゃん、その説明ってのはその男の子の行動が分からないって事か?」
「そう、健一は私を好きだといった。告白した日に寝床が一つだ」
「で、美希ちゃんはキスの一つもないから怒っているのか?」