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白翁物語 その4(完結)

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「健一、写真を見せてくれる約束だろう?」
美希は出任せを言って立ち上がった。
それにつられる様に健一も立った。
「そうだった。こっちだよ」
早足で健一は部屋から退散したが、美希はわざとゆっくり後を追った。
勿論視線と興味を遮断するのを忘れなかった。
廊下に正座して襖を静かに閉めた。
「お茶をやってるのね・・・・・・」
色々な推測が部屋の向こうから聞こえてきたが、美希にはどうでもいい事だった。

健一は階段を上がり、突き当たりの部屋に入った。
夕陽射すその部屋は赤みがかって見えたが、健一が蛍光灯を点けたので、いくらか明かりは和らいだ。
「ここは?」
襖でなくてドアだから洋間だということは分かる。
しかし、この板の間に乱雑に放置された洗濯物やら玩具やら段ボール箱だのは一体なんだ?
「小学校までの姉貴と僕の部屋だよ。きっと姉貴は客が来るって言うんで自分の部屋にそこいらじゅうから見苦しいものを放り込んだんだな」
「そうか。本当に見せてくれるつもりだったんだな。入ってもいいか」
「うん」
美希は部屋に入るとドアを閉めて、念のためにドアノブをロックした。
これから健一が話したくないだろう話をさせようとしているときに、親戚連中や姉が入って来ないとも限らない。そのための用心だった。
「健一、聞いてもいいか?」
健一は頷いた。
「健一の中で、私は一体どこにいる?」
「え?」
「私を連れてきたのは単に形見を渡すためではないんだろう」
「うん、ちょっとこっちへ来て」
美希が近寄ると健一は鏡台を指した。
「どう見える?」
「高校生の男子と女子だな」
「他には?」
「健一の肩くらいの高さだな、私は」
「それで?」
「美由紀が見れば、似合いだというだろうな」
「美希の言葉で聞きたい」
「それを私に言わせるのか?」
美希は健一をじっと見た。健一が何かを逡巡しているのは明らかだった。
「後々後悔しないためにも自分から言った方がいい、と思うぞ、私は」
何をためらっているのかは知らないが、あの大勢の中にいるよりはましだなと思いながら美希は窓の外に目をやった。
夕陽を浴びた隣家の屋根のスレート上を黒猫がのっそりと歩いている。

「ここまで来てくれたって事は、少なくとも僕を嫌ってはいないって事だよね?」
何を今更・・・・・・ 美希はそう思ったが、本人は真面目この上ないので茶化すのはやめておく。
「もっと、美希との関係を深めたい」
「それって、私を独占したいっていうことか?」
「つきあう優先権が欲しい」
「私の行動を阻害さえしなければ構わないよ」
「よかった」
「私のような変人に告る健一も、相当な変人だな」
「どこも変人とは思えないけど」
「そう思ってくれるならいいさ。白翁が若い男の中にもいい男がいるだろうと言ったが、どうやら山田さんと白翁が結託して健一を私に押し付けたみたいなんだ。私がさっき言ってた仮説ってのはそれさ」
「さっきも言ってたけど、白翁って?」
「あの掛け軸を描いた張本人で、自称82の老人」
「美希の知り合い?」
「私の身辺を調べたんじゃないのか? 私が老人と付き合っているのは承知しているだろう?」
「いや、そこまでは」
「今のところ、男で友人と言いきれるのは白翁だけだ。健一もそうなれればいいな」
「僕は友人でさえないのかい?」
「友人になれる可能性も、それ以上になれる可能性だってあるよ。まだ健一は成人すらしていないじゃないか」
「それは美希だってそうだろう」

「私を気に入ってくれたのはありがたいが、それが気の迷いでないとどうして言い切れる? この世に確かな物なんてある?」
「確かなものがないと、人を好きになってはいけないのかい?」
「そんなことは言っていない。私を好きだと思ってくれるのなら、それが例え気の迷いだとしても私は気にしないよ。ただね、私は自分自身を健一のために変えようとは思わないけど、それでもいいのか?」
「美希を好きになったのは確かに僕の勝手だけど、美希はどうなんだ?」
「何が?」
「僕のことを」
「気に入らない相手の実家にほいほいついていくとでも思っているのか? 私はね、好きという感情はよくわからないけど、健一のことは気に入ってるんだ。今はそれではだめ?」
「ずっと不安だったんだ」
「若いんだから焦ることはない、って言うのは白翁たちが言う言葉だね。若いからこそ不安だし、せっかちになるんだものね」


案の定、月曜は噂に巨大な尾ひれが付いていた。
美希はクラスの連中にどう思われてもかまわなかったが、美由紀にだけは聞かれた事は答えようと思っていた。
「で、私に何をして欲しいって?」
通称保健室のおばば、沢田美鈴(36)はホームルームをさぼってやって来た美希と美由紀を訝しげに見た。
「いつもながら、私に関する黒い噂が飛び交ってますが、美由紀にだけは真実を伝えたいんです。で、その環境を作っていただきたいんです」
「あー、つまり保健室で2人だけにしてくれって言うんだな」
「違います」

「ん?」
「保健室は他の生徒にも必要なところです。横になりたい子もいるだろうし、応急手当をする子だっているでしょう」
「そうだね、その通りだ」
「うちの学校に欠けているものがあるでしょう」
「カウンセリングルームがない」
美鈴はすぐに美希が何をやりたいかわかったが、あえて質問してみた。
「で、どうしたいんだ?」

「臨時のカウンセリングルームを作って専門の部屋の必要性をアピールしては?」

「ほう、そう都合よく行くかな」
「もちろん普通の教室は使いません」
「君も狙っていたか」
「はい」
「美希、何のこと?」
「今日はね、私が沢田先生にカウンセリングをしてもらうってことにして、美由紀は付き添いって事で話を進めるんだよ」
「ええ?」

「美由紀、気が付かないか?静かで誰も来ない部屋が一つあるだろう」
「まさか」
「そう、そのまさかだよ」
どうやら美鈴と美希の利害は一致したようだった。
美由紀はわけがわからなかったが、とりあえず二人の後をついていった。

「失礼します」
美由紀はぎょっとした。いかにも当然といった顔で二人が入っていったのは校長室だった。
「沢田君、どうかしたかね、その子たちは?」
芸のない言い方だなぁ、と美希は思っていたが、美由紀のほうは心拍数が上がるばかりだ。
「学校カウンセラーとしてカウンセリングを依頼されましたが、プライバシーが守られる個室をいただいておりませんので今日はここのソファーを使わせていただきます」
「それはかまわないが、保健室があるだろう?」
「あそこは開かれた部屋です。誰でも出入りして誰でも手当てをすることができる部屋です。高校生の女の子がそんな部屋で自分自身のつらい思いを打ち明けようと思うとお考えですか?」
「そうか、専用の部屋が必要か」
「わかってくださって感謝いたします」
「じゃあ、カウンセリングが終わるまで保健室に行っておけばいいのか?」
「あのう」
わざとらしく美希が声を出した。
「私は沢田先生と校長先生だけは信頼できるんです。もし、校長先生が娘の愚痴なんか聞くのがいやでなかったら、一緒に聞いていただけませんか?」