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白翁物語 その3

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ニューブリテン島? ああ、戦後尋ねてきた戦友だったっていう人が言ってましたねぇ。

じいさんがそんな島で機関銃を撃っているときに胸に弾を受けて死んだって。
あまり詳しく聞かなかったし、もう何十年も前の話ですからねえ。

まぁ、しんみりしてないで、もっと酒をやるまいやるまい。

あのお孫さんに昔の話なんてしても興味持ってくれないでしょう?
うちなんて、またじいじの話が始まったって煙たがられますよ。



「白翁、二日酔いは大丈夫か?」

美希は通路側の座席から白翁の顔をのぞき込んだ。

「ああ、だいじょうぶ。いくら俺が下戸だって言われていても、それは大酒のみの連中から言われる話で、あの程度ならなんという事もないよ。それにどぶろくと違っていい日本酒はあとをひかないからな」

「そういうもんか」

「酔っていると思って窓側の席に座らせてくれたんだろう?」

「うん、それもあるけど、こっちの方がすきなんだ。ここからなら外の景色と白翁が一緒に見えるからな」

「絵描きのような感性をしているな、美希ちゃんは」

「そうか?」

「それより、結局は泊まってしまって、親父殿には大丈夫かな?」

「親父のことならほとんど単身赴任状態になってるから、気にしなくて大丈夫だよ。言っただろう、放任されてるって。お小言言うのは弟の方だよ」

「そうか、大事な姉さんだからな」

「違う違う、私が夜遊びをしていると思っているらしくて、世間体が悪いんだそうだ」

「それは誤解だな」

「まあね、でもそう思われているほうが気楽でいいし、下手に私の気持ちなんて弟に忖度されたら気持ち悪いじゃないか」

「姉弟の機微はわからんが、そういうものか」

「弟も姉さんなんて呼びやしない。おい美希! だからな」

「仲がよくて何よりだ」

「いいんだか悪いんだか」

「あとは、勉強の方もさぼらせてしまったな」

「いや、山田さんが、あんたの小隊長が言ってた。他人の話を聞くのもこれ勉学、不良などと卑下することはないって」

「そうか、小隊長殿が」

「亡くなる2日前に行ったんだ。すごく元気だったよ」

「そうだろう。それでこそ小隊長殿だ」

「あ、悪い。重い話をするつもりなんかなかった」

「いや、美希ちゃんが陰で何かをやっているとは思っていたが」

「悪口は言ってないからな」

「言わんでもわかる。そんなことは」



 大谷教諭は頭を抱えていた。

たいていの生徒は指導室に呼び出すとおどおどするものだ。
しかし、美希は背筋を伸ばし、じっと眼を見据えている。若者言葉で言えばガンをつけている。
大谷教諭はこの生徒が苦手だ。

担任でもあり、社会科専攻だから地理・歴史・公民を教えている。

社会科に関する授業で生徒から質問されたり激論になることはまずないといってよかった。
少なくとも美希の担任になるまでは。
美希はとにかくよく質問をした。しかし、その内容が大抵は大学院の研究生が研究対象にするような類のようなものばかりだ。

大谷教諭は自分自身の不勉強を認めてはいたが、それ以上に授業の進行スケジュールを妨げる美希が憎かった。

したがって、昨日のようにさぼってくれると教諭としては大いに楽だったが、担任としての体面上何かを言わねばならなかった。

「最近、休みが多いのではないか?」
やっと言葉にしたのがこれだ。

「試験でもありましたか?」

「そういう問題ではないだろう」

「では、どういう問題ですか?」

「それはこちらが聞いている」

「私がいなくてなにか困ったことでもありましたか?」

「ご両親が心配されるだろう」

「生徒の調書をお読みになってから指導された方がいいですよ」

「どういう意味だ?」

「父の職業を見れば海外への出張でいないことが多いのが分かりますし、母の末期を看取ったのは私です」

「別に家庭調査をしているつもりはない」

「それとも、私の成績がご不満ですか?」

「嫌味か? それは」

「先生の科目だって、試験のときはちゃんと1問だけ間違えていますよ」

「そういう問題ではない」

「体育だけはこれからも出ませんからね」

「それについては不問と言うことで話がついている」

「では、なぜ私をここに?」

「一体学校をさぼって何をしているんだ?」

「聞きたいですか? 不快な思いをしますよ」

「悪いことはしていないと言う態度だな」

「当然です。遊んでいるわけではありませんから」

「では聞かないでおこう。どうせ不快にされるだろうからな」

「私も授業中の質問は控えますから、お互いに立ち入るのはやめましょう」

「わかった。お前の勝ちだ」

「では、次に呼び出すことが会ったら放課後でなくて退屈な授業中にしてくださいね」

本当に嫌な奴だ。大谷教諭は思うのだ。これが頭が悪い娘やただの不良娘ならどんなに楽だろう・・・・・・




「白翁いる?」

今日も美希は合鍵を使って家に入ると台所へ行かず、足を止めた。

「あ、今日来てはまずかったか?」

白翁は筆を止めて美希を見た。

「美希ちゃんが来るのにまずいなどと言うことはないよ。昨日描いたやつが気に入らなかったので手直ししていただけさ。本音を言えば美希ちゃんが来るのを待っていた」

「よかったというか、悪かったと言うか。今日は担任から生活指導などされていたから遅くなった」

「昨日のことか?」

「含めてね。本当は私に来てほしくないくせに担任面して指導しようとしているのがおかしいんだよ」

「手厳しいね」

「分からない方が可愛げがあるんだろうけど、分かってしまうんだから仕方ない。試験の答案と同じようにね」

「テスト問題もわかってしまうのかい?」

「高校の教科書は深く書いてないもの。覚えてしまえば機械的に紙に書くだけで面白くもなんともないよ」

「そういうものか」

「ちゃんと先生方の機嫌を損なわないように1問だけ間違えておくくらいのことはしているけどね」

「美希ちゃんは飛び級をすべきだな」

「なにそれ?」

「外国ではよくある制度で、その生徒の知能に合わせて1年も2年も先に学年を飛ばすらしい」

「ああ、聞いたことがあった。確か理数系はそういうのを導入したとか」
「美希ちゃんは全教科だろう」

「そうだけど、飛び級はやだな。美由紀と会えなくなる」
「大切な友人だな」

「理解できなくても理解してくれようとしてくれるからね」

「友人を大切にするのに関しては賛成だな」

「そうだろう」

「美希ちゃんは浅葱色がいいな」

「なに? 藪から棒に」

「着物は着ないのかね?」

「ああ、着物の話か。和服は苦手なんだ」

「まぁ、美希ちゃんの歳であればそうだろうな」

「それに高そうだし」

「誂えてあげようか?」

「白翁が着せてくれるのか?」

「ああ、そうか。もうご存命ではなかったものな」

「正直言うと、そうなんだ。着方が分からない」

「しかし、俺が着させるわけにはいかないしな」

「別に私はかまわないよ」

「俺の方の事情だ。年若い女性に着せ替えをさせて平静でいられるほど人間が出来ていない」

「難儀だな」
作品名:白翁物語 その3 作家名:田子猫